星神楽㉖ 火の雫、戦時下
「あなたはここに来たいでしょう?」
その声に導かれるように、僕は森の深奥に侵入した。視界が夜霧に包まれ、気が付くと、僕は哀しい歴史が紡ぐ、昔日の陽画に堕ちた。どこまでも果てしない、時の流れに入り込み、森が擁立する、揺籃の中に堕ちていく。
闇は深度を増す。僕は傀儡人形のように手足もぶらぶら、ぶらぶらと浮遊する。瞼を開けると、そこは七色の彩光を纏った、寒村だった。僕は不意にくしゃみをした。何かが焼ける、臭気だ。空から途轍もない、轟音がけたたましく、嗤うように一声を放った。見上げると、蒼空に大きなジェラミン製の銀翼を広げる、飛行機が数十機も飛んでいた。 家々が燃えていたのに、熱風を感じない。誰かいないか、と不安感に駆られ、大声を張り裂けた。
「すみません、誰かいませんか!」
叫んでも返事はない。空から死が降ってくる。爆弾だ。空襲だ。空から降ってくる、火の玉だ。
とっさに木立闇に隠れ、轟音を聞くまい、と両耳を当てて、発作的にじっと、蹲った。
向こう側の家が燃え始め、空中に向かって、赤い龍の鱗のような、火花が散り始めた。
この村は戦時下なんだ。架空の戦争と爆音。空から火の雫が降りやまないのに、何も感じない。粉々に熱いはずだ。皮膚が爛れるまで、熱いはずだ。
緑陰から離れ、迂闊には行動してはならない、と僕の心に冷静さが、なかったわけではない。膝頭に激痛を感じたら、地面に叩きつけられ、素っ頓狂に転倒し、おーい、おーい、おーい、とあのときの声が耳を蝕んだ。
「私の森へ入りましたね」
目の前には、姫がいた。
「あの子の末裔の一族が招いた、惨禍ですよ。あの業火の炎は」
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