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目に見えないもの、形のないものに私がお金をかけてしまう理由を書いてみたいと思います。


今日も私のnoteを読んでくださりありがとうございます。

candy@です。

目に見えないものや形のないものってなんだと思いますか?

今日はそんなものにお金を出すことをためらわなかった私(と夫)のことを書いてみます。


関東首都圏のことはあまり知らないのですが

神戸のような地方都市ではまだまだ小学校受験や中学受験でさえも多数派ではないようです。

私の住んでいる地域では高校までは公立、できれば大学も国立か公立を進路に選択される人が多数派です。

金銭的、経済的なことも理由の一つでしょう。

そんな環境のなかでうちの娘たちは小学校も中学校も公立に通いました。

もともと小学生の時から中学受験をさせる考えすら私たち親の頭になかったし

娘たちも好きな習い事(テニス、ピアノやバレエ)や遊ぶことには積極的でしたが、お勉強はそんなに好きでもなかったからです。

そんな娘たちですが、以前の記事にも書いたように英語は得意だったり海外には興味を持っていたので、高校留学の希望を叶えるために留学システムが整っている私立の高校へ進学を決めました。

確かに私立高校の学費プラス1年間の留学費用は公立高校に比べるとかなりの高額になりました。

交換留学は私費留学よりも少しは費用は抑えられますが、それでも結構な出費です。

長女だけでなく二女も同じ進路を選んだ時にはさすがにまた同じだけの学費が必要なんだ〜と心中穏やかではありませんでした(笑)

大学も二人とも私立大学でしたし

周りの人からは「お金持ちなんだね〜」と言われたり

「いくらぐらい掛かるの?高いんでしょう。」と言われたことも多々ありました。

『同情するなら金をくれ!』(私の心の声は安達祐実さんです。)

うちの主人は自営業で会社員ではありませんでしたが、だからと言ってそんなにお金が余るほどの裕福でもなかったし、親からの援助があるわけでもありませんでした。

ただ子供たちには上の子、下の子と区別せずにやりたいことはできるだけ叶えてやろうと夫も私も思っていたので、節約・やりくりしながら捻出したお金です。

ではなぜそこまでしても娘たちのためにお金を出そうとしたのか

それには「将来、英語が堪能になれたらいいだろうな」という理由もありましたが

それよりも若いうちに日本以外の国で生活して、外国から日本をみるという視点をもったり異文化体験や海外の人々との交流を通して視野を広げる機会を持てたら

彼女たちにとって一生の財産になるに違いないと思ったからです。


それは実際には目に見えないし手にもとれない、形あるものではありません。


そしてその考え方は少しニュアンスは違うかもしれませんが、私の母方の祖母の言葉にも近いと思うのです。

私が生まれる前に祖母は亡くなっているので直接聞いたのではないのですが

母が私に祖母の言葉をよく言いました。

「泥棒に入られてたとえお金を取られたとしても身に付けた知識や経験は誰にも盗めない」と


80歳を超えた母は家庭の事情もあり中卒ですが、洋裁・和裁・着物の着付けの師範でもありました。この祖母の言葉を折に触れては、私に伝えてくれ何かを学ぶことは自分を高めてくれることだし、一度習得するとそれは誰にも奪うことはできないのだと言いました。

ネタバレになりますが以前、私の祖母の話を書いています。

お時間のある時にでも読んでくださると嬉しいです。


大変な苦労をした祖母のその言葉を私も心に留めていました。


娘たちが留学したいと話してくれた時もこの若い時の貴重な経験は決してお金では買えないくらい大切な宝物になると私と夫は考えたのです。

そして将来どんなことが起きてもその経験は誰にも奪うことはできないと


お金や家や車や身に着けるものなんかはあっという間に失ってしまいます。

泥棒だけではありません、特に自然災害の多い日本では他人事ではないですよね。


でも生きている限りは、知識や学んだこと、体験、経験したことは自分の中にちゃんと蓄積されていきます。

留学に限らず学ぶことも

そして思い出も・・・

それは一瞬にして誰かに盗まれたり何かに奪われたりはしないでしょう。


祖母や母から伝えられた言葉に私は共感できたし納得もしていたので

娘たちには留学のためにお金を躊躇することなく出せたのだと思うんです。

「教育費にはお金をかけましょう」と言いたいのではありません。お金は無限にあるわけではないのでどこにお金をかけるかは各々の考え方があって当たり前です。私たち家族はそれを選んだという話ですから。

正直に言って、あの時使ったお金が手元に残っているか、残っていないかを選べるとしても私たちは使った方を選ぶと確信しています。

そして娘たちもそのことに感謝してくれています。

その時にできるだけのことを出来たという気持ちはあります。

そして、あの時してあげれば良かったと悔いることが少なくとも今の時点でないのは私にとっても幸せなことです。


娘たちには形あるもの(財産)はそんなに残せないとは思います。

それでも形はないけど大切なものは彼女たちの中に残っていくと信じたい。

来年二女が大学を卒業すればとりあえずは大きなお金の出費は落ち着くでしょう。(たぶん・・・)


そしたらこれからは少しは私たちの老後にも蓄えさせてもらいますね。

そうそうヨーロッパへ2度目のハネムーンへも行かなくっちゃ。


この記事は尊敬する祖母の言葉をいつかどこかに残しておきたいと思う気持ちがあったから書いたのかもしれません。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

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