小説:オーバーコール
ショートショート大募集!『ラストで君は「まさか!」と言う』文学賞開催
出典作品
<本文>
<オープニング:私①>
「私」は、今、警察と教師の事情聴取を受けている。調書をとっている場所は、学校の化学準備室。実験室の匂いは嫌いだ。これから話す内容を思うと、なおそうさせる。
今朝、「主人公」の死体が、近所の〇〇川で発見された。事件の原因である部活内でのいじめについて、これから「私」は警察に話そうとしている。
「じゃあ、話してください。」
警察官が落ち着いた声で言う。
「あまり、緊張しなくても大丈夫。ここにはコーチもいないから。話す内容が外部に漏れることもないし、君は保護される対象だから。」
続けて警察官が話す。
「はい、わかりました。」
小さく頷き、話しを始める。
<紹介:主人公①>
それは、「主人公」がこの学校に転入したときまで遡る。彼女は、優秀だった。容姿淡麗で、頭もよかった。バレーの才能もあり、バレー部に入部を決めた。すぐにその才能を開花させた。しかし、その素晴らしい才能の花を摘むものも現れた。
<発端:コーチ>
コーチは、バレーの選手として、指導者としても優秀だ。現役時代は、全日本代表として、世界の大会に出場していた。コーチになってからも、彼のバレーの指導により、この学校を全国に導いている。しかし、人間として、教育者としてはクズだ。バレー部の生徒にたびたびセクハラを行っているのだ。バレー部内部では、拒否をしないこと、外部に漏らさないことが暗黙のルールになっている。さらに、パパ活も行っている。容姿淡麗の「主人公」もまた、例外でなく、セクハラの標的になったのだ。しかし、転校生である「主人公」は暗黙のルールなど知るはずもなく、拒否してしまった。
「主人公」は、すぐに先生にこのことの報告を行った。しかし、それは無駄だった。
「気のせいなんじゃない?」
「主人公」は、教師の一言に絶句した。教師たちは、わかっているのだ、コーチのセクハラを。しかし、全国大会に出場を果たしているコーチの実績から、その事実を黙認をしているのだ。
「証拠でもあるの?」
続けて教師は聞く。主人公は悟った。今のままではダメということを。
この事件をきっかけに新たな事件が起こった。
<発端:ナナ>
「ナナ」は、コーチの娘である。同バレー部に所属しており、バレーの才能はない。しかし、コーチの娘という理由で、バレー部でも幅を利かせている。いわゆる、七光りだ。
コーチとの性的関係を拒否したことについて、「ナナ」の耳に入った。「ナナ」はこれを利用して、「主人公」に脅迫を行い、カツアゲを行おうとした。
脅迫の内容は、「主人公」からコーチに関係を迫ったと、教師たちにその旨を密告するという内容だ。もちろんそんな事実はない。しかし、二人だけの密室空間では、セクハラの事実は証明できない。教師側も、あくまで、生徒から誘う場合は、コーチにも情状酌量の余地はあると考える。おそらく、「主人公」に処罰が下されるであろう。いわゆるトカゲの尻尾だ。強豪校である宿命。問題を公にすること嫌う学校側の処置。弱気ものがいつも食い物にされてしまう。しかも、コーチの娘ということもあり、さらに、彼女の言葉に説得力が増すことになる。
聡い主人公は、そのことに気づく。しかし、カツアゲに対して、「主人公」は、拒否を行った。もちろん、拒否して終わりではなく、暴力によるいじめがあった。「主人公」はついに、「ナナ」にお金を渡してしまった。ただし、電子マネーでだ。手元にお金がなくても、チャージによる入金を行えば、素早く金銭の授受が行える。「ナナ」はそこを利用したのだ。「私」はバレー部の権力図から逃れることはできず、黙って見ているしかなかった。
<復讐:主人公②>
「主人公」は、はじめに話した通り、賢くバレーの才能もある。しかし、それだけではなかった。彼女は、情報系・プログラム系の知識と技術もあった。その知識と技術を使い、コーチとナナに復讐を行った。
復讐の方法は、2段階ある。まず、第1段階として、コーチの電子マネーのアカウントを乗っ取ることである。
一度拒否したカツアゲを承諾したのは、いじめや嫌がらせからではない。復讐の準備を行うためだ。
偽のパパ活サイトを開設し、コーチにそのサイト情報をメール(ライン)で送付する。
アカウント作成と同時に、電子マネー決済による情報も登録させる。もちろん、偽物のサイトなので、電子マネーの情報に紐づくことはない。電子マネーの情報はネット経由で、「主人公」の元に届けられる。ここで第1段階は終わり。
第2段階は、カツアゲに承諾する。まさか、自分の父親の金をカツアゲするとは、ナナも思ってはいないだろう。ナナ本人もいじめに根を上げて、カツアゲをしたと思い、不審には思わなかった。ナナの最大の誤算は、電子マネーにすることにより、ログが残ること、つまり証拠だ。カツアゲの事実は、半永久的に電子マネー会社のログに残り、カツアゲの証拠となる。さらに、コーチのパパ活の事実もネットのログに残る。パパ活の事実も世間の明るみに出るだろう。さらに今日の供述で、流れが変わり、部内のセクハラも報道されるであろう。
「主人公」は、全国出場を果たしている名門校の膿を同時に出した。
※電子マネーの2段階認証導入前
<エンディング:私>
「ここまでが、私の知っていることです。「主人公」は必死に戦い、そして、死にました。」
私は警察官に向かって話す。
「なるほど、でも、「主人公」はなぜ死んでしまったのだろう。」
警察官は、話す。
「それは、」
プルルル
ここで、警察官のスマートフォンの呼び鈴が鳴る。
「あっ、ごめんね。」
警察官は、スマートフォンに出て、電話の相手と話している。私はゆっくりと座り直した。私の役割は「主人公」について語ることそれしかできない。
「あっ、わかりました。確認してみます。」
警察官の通話は、終わったようだ。
「この音声を聞いてもらっても良いかな。」
警察官は言った。やさしい口調だが、声には緊張感があった。
「はい」
音声内容:
ナナ「まじ、ムカつく。なんなんだよ。あいつは。」
私「本当だよね。私なんかレギュラー外されちゃったし。」
ナナ「まじどうしよっか?」
私「「主人公」から聞いたんだけど、コーチのセクハラ拒否ったみたい。」
ナナ「まじかよ。空気よめねーな。」
私「これネタにゆすらない?」
ナナ「いいねー」
音声内容終了:
背中にジワリと汗をかいた。机と椅子の距離が離れていく。
「どうやら、今、バレー部のグループラインでメッセージがきたみたい。」
淡々と話す警察官。
まさに地獄からのメッセージである。
「とりあえず、詳しい話しは、署で聞こうかな?」
淡々と話す警察官。黙って頷く私。
「主人公」の仕掛けは電子マネーだけではなかったようだ。
<回想:私と主人公>
彼女は知っていたのである。裏で仕切っていた人物を。間抜けな七光りのナナでは、カツアゲのアイディアは思い浮かぶはずがないことを。
河川で「私」を呼び出す「主人公」。慰めて欲しいと思った。実際は違っていた。
「主人公」は知っていたのだ。黙って、音声データを再生した。
続けて、
「あんたが、まさか黒幕だったとは思わなかったよ。」
「ナナとアホコーチは今頃アタフタしてると思うよ。」
「どういうことよ。」
「まさか、自分の金が、娘に渡ってることを知るなんて。」
「あんたらがいじめいた事実は電子マネーのデータで残ってるわ。コーチのパパ活の事実も。」
「お前ら全員終わりだよ。明日、私がこの事実を教師どもにバラしてやる。」
「お前が終わりだ。」
私は、「主人公」を河川に突き下ろした。
「ギャー」
「私」は、自分の罪を逃れるために、ナナとそのコーチの事実のみを話し。自分だけ助かろうとした。しかし、「主人公」は最後にもう一つ仕掛けを張っていたのだ。
告発内容を時間差でメール送信できるようにしていた。
主人公の誤算は私に全てを話したこと。話さなければ、殺されることもなかったであろう。しかし、一度友と思った人物に謝罪の言葉を期待して、話してしまったのである。
<回想終わり>
ゆっくりと階段をおり、校舎を出る。校庭から校舎を眺めると、横断幕の取り外しし作業を行っている。
「〇〇高校バレー部 全国大会出場」
私は、静かに目を閉じて、パトカーのエンジン音聞く。
<了>
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