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生きている。

8月31日に死ぬはずだった。
だってもう生きる意味など失ってしまったから。

31日を迎える1週間前くらいから、頭の中は「どうやって死ぬか?」で埋め尽くされていた。
練炭にしようと決めた。車に乗り、人気のいないところまで移動する。そのまま練炭を燃やして眠りにつく。
もう起きることはない。その代わり人生を楽しむことも失うけど、今の苦しみがなくなるのなら、それでいい。

そう思っていた。当たり前のように自分は自死するのだ。
人より少し寿命が短かっただけ。もう充分楽しんだ。いい人生だった。

でも、僕は死ななかった。
8月31日を迎えるまでの間、僕の気持ちを揺るがす、いや”揺るがしてくれた”人たちがたくさんいた。

このブログに「死ぬ決意」を書いてから、多くの友人が連絡をくれた。まずはありがとう。
止めようとしてくれる人がほとんど。
中には「お前がする決断だから否定はできない。でも、お前が死んだら俺は自分を責めるだろうな。」とまで言ってくれた人もいる。

皆、僕がいない未来を想像してくれた。
普段過ごしていて、他人の未来を気にすることなんてそうそうない。だって自分のことで精一杯だもの。

人間が人間として過ごすのは非常に大変だ。
暮らすだけで馬鹿みたいにお金もかかるし、人間関係にだって気を配らなきゃいけない。
どうにかして『普通の人』になりたくて尽力する。

多くの人が”自分なりの幸せ”を目指して生きている。でも中々辿り着けない。
たまに出かけたり、友人と過ごしたり、家族と話したり…。
そんな小さな幸せを無自覚に噛みしめながら、日々頑張って生きている。
他人のことを本気で心から心配できる余裕なんて案外ないものだ。大人になるにつれて、どんどん自分を取り巻く環境がせわしなくなってくる。

そんな環境の中なのに、周りの人たちは僕を気遣ってくれた。なんと恵まれた人生であろうか。

ある人は僕に向かって「死んだら許さない」と言ってくれた。
なんというか、その言葉は新鮮だった。
多分、僕は多くの人がとりあえず「死なないで」とか「もっといいことあるよ」という言葉をかけてくれると思っていたのだ。

でも、自殺したら怒られるらしい。
誰かに対して怒りを向けるのはエネルギーがいる。真摯に向き合わないとできないことだ。
だから「死んだら許さない」という言葉は、びっくりしたし暖かみも感じた。
葬式でブチ切れられるのも困るしね。
ともかく、許さないと言ってくれてありがとう。

そして、中には県外から僕に会いに来てくれた友人もいる。
ブログを読んで、心配になったからってわざわざ会いに来てくれたのだ。
凄い行動力だなあ。
14時くらいに「今から行く」とLINEが来て、17時には目の前にいた。
そいつは次の日仕事だってのに……。
会ってる最中は笑い話ばっかりだったけど、本当は駅でお前を見た瞬間から泣きそうだった。
健気な友情と愛情を一心に感じて、心の底から嬉しかった。
そいつは本気で僕の自死を止めようとしていた。言葉の節々から、僕にいなくなってほしくないという気持ちが溢れ出ている。
大人になってから、実家に友達を泊めたのは初めてだったかも。
スペシャルな奴だよね全く。

そいつとバイバイしてから2日後、違う友人も会いに来てくれた。
誰にでも好かれるからこそ、誰にも言いにくい悩みを持っている友人。でもその人は凛として真っすぐだ。
僕が持ち合わせていない”生きる理由”を確かに持っているように見える。
「こんな風に生きたいなあ」とも思わせる人。
その人とは、現状の話、過去の話、これからの話をした。
人と話すことの楽しさであったり、他人を知ることの面白さを再確認できた日だった。
友人をホテルの入り口まで送り、帰るときに、僕へずっと手を振ってくれたのが印象的だった。
後ろを振り返ったとき、まだ”バイバイ”ってしてくれている。なんだか安心した。


僕は、僕が大好きな人を悲しませたくない。

死のうと思ったとき、僕は人の生き方に絶望してしまった。
『他人ファースト』で生きたいなんて思っていたけど、思ったよりも自己中な人が多い気がして。
そして、自己中な人ほど幸せになっている気がして嫌になってしまった。
おいおい、卑屈すぎだろ俺。
まあでも、追い詰められてる時ってのは極端な考えをしてしまうものだ。

誰かのために生きたいと思うのが損だと感じてしまった。
これまで29年間生きてきて、他人は絶対的な指標でもあった。
「皆優しい」「皆いい人」
そんな根拠のない性善説を本気で信じていたのだ。
しかし、それが崩れてしまった。自分の幸せ・利益こそが全てであり、自分こそが世界の中心。これは決して悪い意味じゃない。
心の根っこで『自分が一番大切!』という信念があるのは、とっても素晴らしいことだ。
いつまでも子供の僕は、その思想を持てなかった。
どれだけカッコつけても、いくら傷付くことがあろうとも他人を大切にしたい。
逆に言えば「他の人も、俺を大切に想って当たり前。同情して当たり前」と感じていたのだ。
そう、理論詰めで考えようとせず、すぐに感情論を持ち出す。ガキのまま大人になってしまった。

だから被害者意識も消えない。
自分すら大切にできていないくせに、他人には愛情とか友情をすぐに求める。
そう!そういうこと!言いたいこと言えたね。

だから生きることにも絶望してしまった。
きっと自分だけが置いて行かれている感覚もあったのだ。
必死に藻掻いても変わらなくて、やっと掴んだと思った幸せすらも零れてしまう。
僕以外の人が立派で、僕だけがポンコツ。
そんな風に世界を捉えてしまった。

でも、本気で死のうとしたとき「それは違う」と思えた。
数えきれないくらい優しい人はいる。いやきっと世界中みんな優しい人だと思う。
テレビで流れる凶悪犯罪者だって、家族を思い遣る一面があるかもしれない。

死と向き合ったとき、今までよりも他人の笑顔が輝いて見えた。
その一瞬の笑顔のために生きたっていいじゃないか。

恋人同士でご飯を食べている人たちは口についたソースで笑いあっていた。
家族で水族館に来ていた3人家族。親が赤ちゃんをあやしながら3人とも笑顔だ。
飲み屋で声をデカくして熱い話をしているサラリーマン。その情熱があれば未来は変えられるさ。
ねぶたに来ていた女子高生たち。今日を楽しむことに全力を注いでいる。
そしてそれを見る男子たち。お前らも充分輝いてるよ。

皆、希望を持っている。
大なり小なり悩みを抱えているだろうに、彼らは生きている。

もし僕がいなくなってしまったら、この輝きすらも見れなくなってしまうのだ。
やっぱり僕は、誰かが生きているのを見るのが好きだ。(変な言い方)

自分と関係ないニュースでも、誰かが亡くなるのは寂しいし落ち込む。
つまり極端なことを言えば、僕が死んだら街で見かけた”素敵な人たち”も悲しんでしまう。もうめちゃくちゃ暴論だけど、そう思う。

まだ悩みは尽きない。
僕自身も精神が不安定だから、そっち系の薬を飲むことだってある。
生活するのもやっとだ。余裕なんてないさ。

でも、生きて生きて優しくなりたい。
世界一優しい人になる。これが僕の目標だから。

色んな人と笑って過ごしたい。
綺麗ごとと言われようが関係ないさ。

『綺麗ごとを言っても恥ずかしくない世界にしたい』
これは僕が中学2年生の時に道徳の授業で言った言葉だ。

そんな世界を見届けないとね。

これが30年間生きた僕の結論。

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