茜野

せんの。気ままに短編。

茜野

せんの。気ままに短編。

最近の記事

まほろば

 ゆらめく意識が徐々に明瞭になる。目が、覚める。先程までひどく苦しい思いをしていた気がしたが、夢だっただろうか。  それにしても、ここは。  広い二十畳程の一間を、広縁が囲む。障子は嵌っていない。そんな座敷の真ん中に、僕は寝そべっていたようだった。  座敷の更に外側は、空と海の青色が果てしなく広がっている。 「空が、落ちてきたみたい……。」  四方を囲む凪いだ水面は、青い空をそのまま映した。風が肌をくすぐるように通り抜けた気がする。波もなく、ただの水溜りのようだったが

    • 悠久

       太陽を反射させ、きらきらと輝く海。その水平線に続く空は、低いところは紺に近く、空高くなるにつれ鮮やかな水色に変わっていた。惑星の軌道を示す黄色や白の線が縦横無尽に伸び、所々に輝くのは真昼の星。  惑星が磁場の影響で迷い星にならないよう、あのマーカーが何らかの役割を果たしているんだっただろうか。おぼろげな知識を辿りながら、頭上を仰ぐ。 「ねえ、正夏(せいか)。夏休みにラジエータの修繕を頼むよ。どうも最近、うまい具合に冷却できてないみたい。」  正夏は岸壁に足を投げ出して

      • ルノアールの風

         色々あって、やっと退社の午後8時。  天気予報なんて見ないから、予測のしようもない結構な雨が降っていて、傘ないな…と落ち込みながらも玄関を出る。  玄関からしばらくは屋根のあるところを歩くから、歩きながらも考える。 (フード付きの上着だし、走って帰るしかないか。)  家が近いのをいいことに、横着な自分。  ふと前を見る。約10m先、見覚えのある男性が一人。  部署や職種は違うが、同期入社の彼だ。残念ながらマスクを外したところは見たことがないが、目元は利発そうで、

        • いまさら自己紹介。

           初めまして、茜野と言います。(せんの、と読みます。)  うまく自己紹介できるといいのだけれど……。がんばります。  私は、田舎の片隅で本を読んだり、そこはかとなく文章を書いたりしています。昔から文章を書くのと、設定を考えるのが大好きでした。美しい言葉も好きで、すきだと思ったいろんな文章を、手帳にコレクションしています。  好きな作家さんは長野まゆみさん。彼女特有の世界観と美しい言葉遣いに感銘を受け、かれこれ10年来ファンをしています。あぁ、いつか彼女のような言葉をつかって

        まほろば

          憑き物

           お前のせいだ。  戸口に立った男が喚いた。全身が雨で濡れた、神経質そうな男だった。 「なんの話ですか。」  状況が理解できていない中で、しかしこの男がこの世のものではないことだけははっきりとわかっていた。いつものことだ。春緒には、よく〈けもの〉が見える。いわゆる幽霊とか、妖とか、そんなもの。どうやらそれらを惹きつける体質なのだから、これは仕方のない事でもあった。理解と納得は別の話ではあるが。 「俺がこうなったのは、すべて、お前のせいなんだ。」  身に覚えのない話だっ

          春薫る桜の庭

           桜守とは、その名の通り桜の木を世話する者のことだ。桜の木の一生を世話し、桜の木に生涯身を捧げ、出来得る限りを尽くすのである。  桜城家の男は代々桜守である。  長男である春緒はお前もそうなるだろうと幼いころより言い続けられてきた。もちろん弟の葉も同じく。だが、一つ前の冬に十二になったばかりの葉は、屈託なく昆虫の研究をしたいのだと張り切っていた。そんな様子を横目に、興味半分、憂え半分で祖父のいる奥の間に向かう。呼び出されていた。戸の前に立つと、何やら不穏な雰囲気が外まで

          春薫る桜の庭

          車内

           学習塾を出たところに、いつものように大きな外車が停まっている。左ハンドルの運転席から、黒いマスクを着けた男がこっちに向かって手を振った。さっと手を振り返し、後ろから車が来ていないことを確認して、助手席のある道路側に回った。外国車はこれだから、面倒だな。 「おつかれ。今日も、優等生は大変だね。」  ドアを開けて乗り込むと、労いの言葉。清春は俺が学習塾に通い始めてから、欠かさず迎えに来てくれていた。車の中まで、ぶどうの匂いがする。甘くて、酸っぱくて、重厚で滑らかな。清春のい

          きみが寂しくないように。

           ―――ポロン、ポロロン。ギターの音に、流暢な外国語の歌。  空がすっかり暗くなった頃。開け放した窓から、しっとりとした夜のにおいがした。きれいな空気が部屋の中に流れ込んできて、月(あお)の黒髪をそっと揺らす。 「~♪」  ベッドに腰掛け、目をとじながら、月は窓の外から聞こえてくる歌声に耳を傾けた。ごく近いところで、誰が奏でているかもわからないメロディに耳を傾けるのが、ここに来てからの楽しみだった。  よどみなく流れるメロディに、違和感を覚える。どうしてそう思ってしまう

          きみが寂しくないように。

          美しい男

          ※暴力、流血表現がちょっとだけあります。  あの男を目にすると、大抵の人間は口がきけなくなる。何も喋らず、ただ、じぃっと、その映画俳優のように整った、顔面のパーツの配置や、足の長さや、鍛えられた体、立ち居振る舞いの優雅さ、滲み出る色気、聡明さ、非日常感、そんなものを観察して、この人間の内側について想像することしか。  どうしたらこの男の感情を、自分が、僕が、揺さぶる事ができるか、どうしたら。僕のことをあの透き通った瞳に映して、ああ、いるな、くらいは思ってほしくて、一瞬でもあ

          美しい男

          どうにも自信がない桜守と、絶対に手放すつもりのない神様の話

          ※ 男性同士の恋愛描写あり。  からんころん、ころ、ころん。そうやってわざと鳴らした下駄の音が春緒にしか聞こえていないことは確かであり、そのことを春緒は嬉しく思うと同時に泣きたいような気持になった。やはり、椿野の言っていた通りだったのかもしれない。 「どうした、」  立ち止まり、俯いた春緒の顔を桜蔵が覗き込むと、小さく謝る声が聞こえた。どうした、続けて尋ねても頑なに答えようとしない春緒に、桜蔵は腹でも立てたかのように、やめた、帰るぞ、と言う。手を引かれ、来た道を戻りなが

          どうにも自信がない桜守と、絶対に手放すつもりのない神様の話

          初恋、友情、青春の思い出よ。

           ぬるい風が吹いている、そんな初夏。快晴。  支倉は窓の外へ視線を向け、暑そうだな、とトラックを走る少女を見ていた。彼女は花村。小さい体を精一杯動かして、意外と早く走る。黒髪を丸く結っている紫のリボンが風に靡いた。ゴールした後の、力の抜けた笑顔がかわいらしかった。  支倉は、花村に密かに恋をしている。  ふとグラウンド全体を見渡すと、花村から少し離れたところに、同じように彼女を見つめる男がいるのに気づく。あまりにじっと見すぎたか、男も支倉に気付き、目が合った。  まるで雷が落

          初恋、友情、青春の思い出よ。

          全部夢でいい

           紘とは、度々お互いの家に行き来してお酒を飲んだり、食事をしたりする。同じ年の幼馴染で小さい時から仲の良かった私たちは、同じ大学に進学して、就職しても、ずっと変わらないままでいた。 「実家、帰る? ゆりの七回忌」 「帰る」 「そっか。…俺らの方が、4歳も年上になっちまったね」  私たちより一つ年上の姉が死んで、もう6年経つ。姉は学校の帰りに事故に遭って、そのまま帰らなかった。  冬に差し掛かる時期、夕暮れ。肌寒いのに缶ビールを片手にベランダに出た紘を追って、私も外に出た。

          全部夢でいい