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まほろば


 ゆらめく意識が徐々に明瞭になる。目が、覚める。先程までひどく苦しい思いをしていた気がしたが、夢だっただろうか。

 それにしても、ここは。

 広い二十畳程の一間を、広縁が囲む。障子は嵌っていない。そんな座敷の真ん中に、僕は寝そべっていたようだった。
 座敷の更に外側は、空と海の青色が果てしなく広がっている。

「空が、落ちてきたみたい……。」

 四方を囲む凪いだ水面は、青い空をそのまま映した。風が肌をくすぐるように通り抜けた気がする。波もなく、ただの水溜りのようだったが、なぜだかそれが海だという確信があった。それは、耳の奥で聞こえるざあざあという海鳴りに似た音のせいかもしれなかった。

 周りを水に囲まれ、水平線まで遮るものなく、浮島のような小別荘。広縁まで出て、水を覗き込む。透き通った穏やかな水は、その底が見えないほど深いようだった。

 広縁に座り込む。耳鳴り以外は何も音がしない空間だったが、意識すると、水が縁の柱をうつ水音が聞こえてきた。ちゃぷ、ちゃぽん。脚をそっと浸してみる。冷たくはなかった。ただ脚に何かがまとわりつく感覚があったか、なかったか。

「落ちるぞ。落ちたら、浮かない。沈んでおわり。」


 まるで気配なく、背後に誰か立ったが、対して驚かなかった。誰でもいいとすら思う。

 ここはなんだろう、懐かしくて、穏やかで、居心地いいのが少し切ない。嬉しいことも、楽しいことも、辛いことも、悲しいこともない平穏。なにもない。それなのに、目を瞑ったら涙がこぼれそうで。


「ずうっと、ここにいてもいいかなあ。」

「好きにするといいよ。」

「どうやって帰るかもわからないしさ。」

「忘れてるだけさ。」


 大きな夏雲がひとかたまり、水平線を這っていく。手に取れそうで、その実とても遠い。

 ざあ、ざあ。耳の奥で鳴る音。これはなんの音なんだろう。また、意識が曖昧になっていく。

 とぽん。何かが沈んだ音がした。





 結末なんて、あっただろうか。必要もなかったかもしれない。

 だって目をつむると、夢はそこに、ただただ静かに、そこにあるだけ。たとえ覚えていても、いなくても。



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 (睡眠時に見る)夢について。
 私にとって、夢は懐かしいもの、心穏やかでいられる場所、現実と裏おもての理想郷。そういう認識かな、と思いながら書きました。だから、難しいことは何も考えず、ただ、心地よさを享受してもいいのかも、と。
 ご清覧ありがとうございました。 

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