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白昼ミルクレストラン

ソロ・・アフタヌーンティーに憧れてから、3週間後。
早々に有言実行した。

ひとりにはさほど抵抗がないが、場所と素材に悩む。
アフタヌーンティー自体が初めてである。

ホテルのカフェはドレスコードがわからない。どこのホテルがどのくらいの敷居の高さなのか。わたしでもまたげるのか。

そして、素材もいちごやメロン、マンゴーといった季節ごとのテーマが設けられているので、目移りしてしまう。

スコーンとクロテッドクリームはマスト。キュウリのサンドイッチは、まあいいや。

いろいろ調べて、ここにした。

横浜市に本社を置くタカナシ乳業が、2017年にみなとみらいの東急スクエアにかまえたカフェレストランである。

神奈川県民なら、青いバラのロゴマークを一度は目にしたことがあるはずだし、学校給食でお世話になったはず。

ちなみに、あのハーゲンダッツの製造受託もしている。

慣れ親しんだ味に、カジュアルなカフェレストラン。季節を問わない乳製品。不足しがちなカルシウム大量摂取。申し分ない。

コーポレートカラーの
水色のひさしの下はテラス席

予約の14時半におずおずと入り口に近づくと、さわやかな水色のシャツをまとったおにいさんが「ご予約の方ですか?」とにこやかに出迎えてくれた。

マスク越しでも分かるほどのにこやかさ。ホスピタリティはホテル並み。

そして店内左奥の席に案内され、壁面を背に4名席をひとりで占有。

テラス席は複数名利用で埋まっていたが、木目調の自然な明るさの店内は席の間隔が広々としていて、ひとりでも全然気にならない。

優越感というか、もはやVIP感さえ漂う。

メニューには、使用しているタカナシ製品も書いてある。
北海道純生クリームやマスカルポーネは、自身が勤める会社の商品でも大変お世話になっており、さらに親近感がわく。

全9品+スコーンセット
1杯目は王道セイロンティー
たっぷりの低温殺菌牛乳つき

「スコーンは現在焼いておりますので、のちほどお持ちします」という言葉とともに、アフタヌーンティーの代名詞、3段スタンドが運ばれてきた。

おとなりは4人席にマダム2人組、向かいは2人席に若い女性2人組。

そもそも発祥の地イギリスでは、省スペースのためにこのスタンド形式が採られたらしい。だが、わたしはいま広大な4人席をひとりで使っており、3段スタンドは雰囲気を醸し出すための演出と化している。

自称VIP確定。

まぶしい

ガラスの皿で、もといガラスのステージで、セイボリーとスイーツたちが光を浴びている。このきらめきは、木漏れ日か、シャンデリアか。

しかし一人用だと少なく感じる。あっという間に平らげてしまいそう。食べきれるかどうか懸念していたが、楽勝だな。

アフタヌーンティーと1対1で向き合う真剣勝負の始まりだ。

まずは、「溶けやすいので最初にお召し上がりください」と言われたフェッセルがある上段からいこう。

なるほど、剣道でいうところの、間合いを間違えると自分が面を打たれてしまう上段の構えというわけか。攻めるタイミングが重要な皿。

剣道やったことないからよく知らないけど。

まっしろな上段

左下から時計回りに、フェッセル(北海道フロマージュブランのムース)、生クリームのトライフル、ブールドネージュ。

降り積もる雪のような断面

なめらかなムースと、少しシャリシャリ感が残るセミフレッドのアプリコットっぽいソース。

生クリームのトライフルといい、ミルキーな味わいと、ひんやりふわふわと消える口溶けは、なぜこんなにもひとを穏やかな気分にさせるのだろう。

おとなりのマダムたちからは、「〇〇さん奥さんに逃げられちゃったらしくて」と穏やかではない会話が断片的に聞こえてくる。いかん、集中。

常温放置できそうなブールドネージュはひとまずとっておき、軽食系がメインの下段に手を伸ばす。しょっぱいものをはさみたい。

剣先を下げて、小休止する下段の構えといこう。

軽食系の下段

左下から時計回りに、クレームドゥーブルとパルミジャーノ、北海道リコッタとタンドリーチキンのバケットサンド、北海道チェリーモッツァレラのスープ仕立て。

かわいい

どれも塩味がほどよい。タンドリーチキンは香ばしく、スイートコーンはシャキシャキ。
とくに、その名のとおりさくらんぼのようにコロンとした形状のチェリーモッツァレラとオリーブオイルは相性が最高。

昼ごはんを抜いてきたので、塩味に食欲が加速する。全然小休止じゃなかった。こちらはがぜん攻めの構え。

おとなりのマダムたちの話題は、いつの間にか「大岡越前」に変わっていた。脳内では、奥さんに逃げられた大岡越前という流れになっている。
いかん、集中。

シンプルな御スコーン様

ここでついに、アフタヌーンティーの大将と呼ぶべきスコーンセットが登場。手をかざしただけで、焼きたての温かさが伝わってくる。

英国伝統クロテッドクリームと、自家製のいちごとラズベリーのジャムが脇を固める。

クロテッド=凝固した

まずは何もつけずにかじりついた。

焼きたてだからこその、しっとりしながらもふわふわの至福の食感。甘くやわらかいバターの香りに、鼻の穴はふくらみ、目は細くなる。

かじりました

クロテッドクリームは生クリームとバターの中間のような味で、それ自体の主張は強くないのに、スコーンの風味をぐっと豊かにしてくれる。自家製ジャムはさらさらとしていて、もはや飲める。

「クロテッドクリームが余った場合は、保冷剤つきで持ち帰り可」とのことなので、持ち帰る前提でジャムを多めにつけて食べた。
大多数のひとが同じことをしている気がする。きっとそう。

おとなりのマダムたちからは「給食当番が~」という単語が聞こえてきた。

奥さんに逃げられた大岡越前が、給食当番で生計を立てているという、世にも強引な物語ができあがってしまった。

こちらのアフタヌーンティーも終盤、王道スイーツがならぶ中段に手を伸ばす。攻撃にも、防御にも適した、基本の中段の構え。

色味のある中段

左上から、ホワイトピーチソースのパンナコッタ、ベイクドチーズケーキ、北海道シュークリーム。

3種類のチーズを使っているベイクドチーズケーキは、どっしり濃厚。スコーンまでは余裕をかましていたが、チーズケーキ、シュークリームと続いたところでじわじわと満腹感が押し寄せてきた。

ただ、パンナコッタは隠し味にコーヒー豆が使われていて、ただ甘いだけではなく味に深みがあり、ホワイトピーチソースのみずみずしい果実感もあってさらりといただける。

ドリンク2杯目はアップルティーを注文し、残しておいた上段のブールドネージュで締めた。

\ 完  食 /

軽い甘さ ⇒ 塩味 ⇒ スコーン ⇒ 重めの甘さ ⇒ 粉糖掛けクッキー。

われながら、いただく順番が計画的だったのではないだろうか。丸い腹をさすりながらニンマリする。いい具合に満腹だし、幸福感もパンパンに詰まっている。

試合終了まで、所要時間約1時間半。制限時間を30分残したが、自分のペースで食べすすめ、じゅうぶん満たされた。

ベースがすべて乳製品なのに、ここまで多種多様な技(味)を繰り出してくるとは、タカナシ乳業おそるべし。どれも味わいが丁寧で繊細だ。

誰かと会話しながらだと、食べるペースがさらにゆっくりになり、人によっては完食できないかもしれない。現に、ほぼ同時刻に入店したおとなりのマダムも、目の前の二人組も、まだ各段にパラパラと残っていた。

アフタヌーンティーの醍醐味は会話と優雅な時間を楽しむことかもしれないが、おいしいものは、おいしく全部いただきたい。

剣道の理念が「剣の理法の修錬による人間形成の道である」ならば、ソロアフタヌーンティーは「己の五感の集中による段取り形成の道である」と感じた。

いわばヌン道。ヌン活というよりは。
段取りが重要。3段スタンドだけに。

余は満足じゃ。

惜しむらくは、着ていった水色のカーディガンが、店員さんの制服、つまりタカナシ乳業のコーポレートカラーと意図せず丸被りしていたことである。

あと、奥さんに逃げられた大岡越前の給食当番ストーリー、ちょっと観てみたいと思った。


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