曲がり角にあるガトー
枯れ葉と配管と警告が目立つ、線路沿いの曲がり角。
そこに、シュークリーム、プリン、ティグレとやわらかな甘い文字が並ぶ。
焦げ茶色のボードは、京都の景観条例が適用されているのかと思うくらい背景にすっかり溶け込んでいて、うっかり見逃してしまう。
鎌倉駅の西口のすぐ脇にありながら、この路地は行き交う人も少なく、ひっそりとしている。
看板にも注意書きがあるように、東口に行けそうで行けない、不思議な道だからだろうか(東口へは地下道を使う)。
はたまた、路地手前にある店の抹茶ソフトクリームの色や、駅前のパンダ焼きの香りが魅惑的だからだろうか。
イーゼルに背を向けて右斜め前をみると、そこに《OKASHI0467 GIFT》という小さな菓子店がある。
0467は、鎌倉市の市外局番である。
長谷にも店舗があり、そちらは古民家をリノベーションした2階建ての店舗で、カフェも併設。
鎌倉駅にほど近いこちらの店は、おもにギフト用の洋菓子と、カジュアルな洋生菓子を扱っている。
ストンとした外観は、一見何の店かわからないうえ、間口も狭い。
客が入れるスペースは、実質、紫色の線のエリアだけ。
その半分をL字の冷蔵ケースが占めるため、店内はおよそ3人で満員御礼だ。
外からみる限り、店内は無人。
ガラスの引き戸を開け中に入ると、カーテンの奥から店員さんが出てきてくれた。
残念ながら目当ての商品はなかったものの、何も買わずには帰れない距離感と空気感。
どうしようかな…と思いながら冷蔵ケースを眺めていると、「濃厚キャラメル&いちじくのガトー」が目に入り、即決した。
シュークリーム、プリン、ティグレも魅惑的だったのだが、濃厚キャラメルといちじくがわたしを吸い寄せた。
片手でつかめてしまうスマホサイズのパウンドケーキ。
正直、およそ2000円というお値段のわりには小ぶりだな、でも新年だからいいか、と思った。
原材料も、砂糖、卵、生クリーム、バター、ドライいちじく、アーモンド粉、小麦粉と栄養価の高そうな文字が並ぶ。
ほどよいこんがりぶり。
ふわりと香るキャラメルの濃く甘い香り。
正直、いちじく控えめだな、でもこれはキャラメルが主役だからいいか、と思った。
とにかくなめらかである。
パウンドケーキは、口の中の水分を吸い取りがちだ。
しかし、卵、生クリーム、バターが表示の上位に集合しているだけあって、しっとりみっちり。
そして、濃厚キャラメルの名前にいつわりなく、包み込むような甘みが華やかに広がる。
決してしつこい甘みではなく、やわらかくて優雅で上品な味。
いちじくの落ち着いた甘みも、それに負けていない。
量はひかえめだが、じんわり広がる風味とうまみとプチプチがアクセントになっている。
ひとにも自信をもって差し上げられる。
食べ終えてからホームページを見たところ、「鎌倉マダム御用達」「当店一番人気」「代表作」と力強い言葉が並んでいた。
シンプルで静謐な店内にはそんな素振りがちっともなかったのだが、逸品というやつは無言でひとを惹きつけるらしい。
ところで、鎌倉マダム、ではなく、鎌倉さまようわたしが本当に欲しかったのは、このサブレである。
わずか2㎜の、超薄焼きサブレ。
画像をあさったところ、最後に食べたのはもう10年も前だった。
シンプルなプラスチックのパッケージに薄いサブレがぎっしりと入っていて、その味と薄さと食感に感動したのを覚えている。
そしていつの間にか(前からそうだったのかもしれないが)幻の一品に昇華していた。
どうりで店頭にないわけだし、曲がり角のボードにも書いていないわけだ。
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