そういう自慢は大好物
「おっムサシノ」
「あ~ムサシノだ」
「このムサシノはどなたから?」
「さすが〇〇さん、ムサシノ」
知っているけれど、なぜ盛り上がっているのかわからない単語が後方で飛び交っている。
だれか弁当でも差し入れたのだろうか。
コンビニ向けの弁当や惣菜を作っている、そういう名前の会社があったと思うが、失礼ながら盛り上がるほどの希少価値ではない。
国木田独歩『武蔵野』の差し入れは渋すぎる。意図がわからない。
エレファントカシマシの楽曲『武蔵野』のことを言っているのだとしたら、いますぐおともだちになりたい。俺は空気だけで感じるのさ。
次第に足音が近づいてきて、「お世話になりました」という言葉とともに、わたしにもその《ムサシノ》が手渡された。
誰かがなにかを全員に配り歩いているとき、自分のところに来てくれるまでのあの時間は、「作業に没頭して接近に気づかないふり」をする。
《武蔵野の実》、恥ずかしながら知らないお菓子だが、盛り上がっていたということはその名のとおり武蔵野では有名なのだろう。
じぶん、相模国うまれなもので。
武蔵野がどこからどこまでを指すのかは、湘南どこからどこまでだ問題と同じくらい境界線があいまいだ。
東京都には、吉祥寺を有する《武蔵野市》もあるし、《武蔵国》というと神奈川県川崎市や横浜市も入ってくる。
ただ、国木田独歩の『武蔵野』中では
とバッサリ切られているので、少なからず八王子は武蔵野に入らない。
独歩、むかし八王子となにかあったのだろうか。
貸した本の表紙がちょっと油じみて返ってきたり、大事にとっておいたアイスを勝手に食べられてしまったりしたのだろうか。
家に遊びにきたとき、ポテトチップスを食べた手をじゅうたんで拭かれたのかもしれない。
ところで、袋がくもりガラスのように可食部のプライバシーを保護している。
くもりガラスの向こうは武蔵野。問わず語りの裏面表示をみる。
白あんにチョコレート、生クリーム、バター、オレンジピール、アーモンドプードルと大好物か一堂に会していて、期待値が上がる。
このあと血糖値も上がる。
手のひらに隠れるほどの、まんまるな茶色があらわれた。武蔵野の荒野に浮かぶ月をイメージしているのだろうか。
こういう奇をてらわないタイプのお菓子は間違いないのだ。これ絶対うまいやつ~。
間違いなかった。
バターのやわらかな甘味とコクに、アーモンドプードルの香ばしさ。
お互い主張しすぎず、和洋ベストバランスの白あんとホワイトチョコレート。オレンジミンチのさわやかさが最後に駆け抜ける。
くちどけもなめらかで、なんというか、見た目だけでなく味もまるい。
見た目がシンプルゆえに迷いなくかじりつき、そのおいしさに「もっと味わえばよかった!!」と食べながら後悔するタイプのお菓子だった。
菓子の青木屋さんは、創立明治26年の老舗和洋菓子屋で、東京都府中市を中心に店舗展開されている。
5個入りはパッケージもかわいらしく、おもたせにもよさそう。
ちょっとアイスの実っぽい。
武蔵野の実をくださった方はJR中央線沿いのおすまいで、つい最近西へ旅立った。旅立ちの挨拶として、地元の銘菓をくださったのだ。
わたしも部署を異動するとき、町レベルの超ローカル銘菓を配った。
ちょっとした挨拶にお菓子を選ぶとき、地元のとっておき銘菓でお国自慢するひとと、小倉山荘などの万人に喜ばれる定番を配るひとにタイプが分かれるような気がする。
わざわざいただけること自体ありがたいのだが、どちらかというとお国自慢のほうが新たな発見があってうれしいし楽しい。
そういう自慢は大歓迎だ。大好物が増えるから。
さて、異動はするが住まいは同じ区内になる上司のために、地元の銘菓を買いに行こう。ここの区民になるなら、このお店は知っておいて損はないというところがいくつかある。
あと、どういうわけだかアイスの実が食べたくなってきたからコンビニにも寄る。
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4月以降は、週1で更新予定です。
思いがあふれたら、土日両方とも何食わぬ顔であらわれるかもしれません。
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