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近江八景の唐崎夜雨から名を借りて、

はじめまして、唐崎からさき夜雨やうです。
唐崎夜雨の名は、本名ではありません。近江八景のひとつ「唐崎夜雨からさきのやう」より拝借しました。
最初のnote投稿なので、この名の由来からお話しましょう。

まず、近江八景は御存知ですか。

近江は現在の滋賀県の旧国名。最近、水位の低下が危ぶまれている琵琶湖を取り囲むように近江の国がある。この近江の名所を八つ選んだものが近江八景で、中国の「瀟湘しょうしょう八景」をなぞらえている。

以下の八つが近江八景。
〇石山秋月〔いしやま の しゅうげつ〕
〇瀬田夕照〔せた の せきしょう〕
〇粟津晴嵐〔あわづ の せいらん〕
〇矢橋帰帆〔やばせ の きはん〕
〇三井晩鐘〔みい の ばんしょう〕
〇唐崎夜雨〔からさき の やう〕
〇堅田落雁〔かたた の らくがん〕
〇比良暮雪〔ひら の ぼせつ〕

漢字四文字のうち、前の二文字が場所、後の二文字が情景です。「秋月」「夕照」といった八種類の情景は、元となる「瀟湘八景」と同じです。ちなみに神奈川の「金沢八景」の八景も同様で、いづれも水辺の景観のようですね。

実際に近江八景をイメージしてみると、美しい景色と呼ぶには、なんか違うように思う。まず全体的にカラフルとはいえない。色合いは地味というか渋いというか。
「夕照」は色を強く感じさせますが、それでさえ多色ではなく、夕焼け色に染まってしまっている感じがする。

もし、かりに今、八か所の美しい景色を選ぶとすれば、豊かな自然、あるいは鮮やかでフォトジェニックな場所が選ばれるのではないでしょうか。
たとえば水辺の景観なら砂浜、岩礁、清流といった自然の美しさ。あるいは新緑、紅葉や雪景色などの四季の彩りといったような。

そうしてみると「秋月」や「暮雪」はまだ風景として楽しめそうです。ところが、「晩鐘」となると、もはや視覚的な美しさとは言えなくなっている。

近江八景がカラフルでないのは、元となる中国の八景が画題としてよく使われていたことと関係があるように思う。
画題、それはおそらく山水画、水墨画でしょうから。あまり詳しくは存じませんが、「落雁」や「帰帆」といったものは山水画にありがちな画題に思われます。

想像の域を出ませんが、もともと視覚的な自然の美しい景勝地だったところへ、画題や詩文あるいは故事や物語などといった文学的ソースを絡めたものが八景なのではないでしょうか。あくまでも。八所ではなく八景。
つまり八景とは、実際の景色ではなく、イメージされた景色といってもいい。

してみると和歌で扱われる歌枕に近いかもしれない。歌人が、実際にその名所旧跡にいる必要はないから。

近江八景に即してみると、「石山」や「瀬田」などはもともと景勝地だったかもしれません。その自然の美しい「石山」に「秋月」という言葉を添えることによって、イメージが膨らむ。
実際に石山寺から見る秋の月よりも、八景「石山秋月」の月は明るく美しく大きいことでしょう。

近江八景は実際の景色よりも、思いの中にある景色かなと気づかせてくれたのが、実は「唐崎夜雨」です。
唐崎は琵琶湖のほとり大きな松で知られた景勝地です。しかし現代と違い明かりもない夜、しかも雨ではいくらなんでも景色なんか見ることはできない。暗いうえに濡れて足元だっておぼつかないでしょう。

でも詩や和歌あるいは絵画であれば、その情景に心を寄せることも可能でしょう。雨もまた一興と味わえる。

下の絵は歌川広重の作品です。ウィキペデイアより拝借しました。
夜の雨は、かなりの土砂降り。こんな時に「唐崎の夜の雨はいいもんだ」などと暢気な気持ちには、おそらくなれますまい。
でも、広重の浮世絵は大きな松のシルエットに車軸を流す雨、湖は青の濃淡で描かれている。実景よりも印象的な風景になっています。好きな絵のひとつです。

広重の浮世絵にも右手に鳥居と社殿が見えます。当時は、社殿というより祠に近いものだったとしても、鳥居は人が通りますから、それなりの大きさがあるはず。それから察すると、この松は尋常ではない大きさです。

ちなみに先日、この場所の唐崎へ行ってきました。唐崎の松まではJR湖西線唐崎駅から徒歩で10数分くらいでしょうか。いまは唐崎神社と称する神社が松の前に鎮座します。

現在の唐崎の霊松は往時に比べて寂しい感じが否めませんが、後継樹もありましたので、また長い長い時間をかけて勢いのある姿が見られるかもしれません。
下の写真の社殿後方に見える松は、唐崎の霊松ではありません。あんまり寂しいので写真を載せるのは控えます。

唐崎神社

なんでもないような光景でも歴史を知ると、格別なものに見えてくる。実際に見ているわけではなく、脳内でイメージされてくる。想像や妄想が刺激されてくる。
このnoteはそんな妄想の記録になるかなと思います。お得な情報や役に立つ話題とは、ちょっと縁がないかもしれません。


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