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唐崎の松は花より朧にて、大宮人の船待ちかねる

こんばんわ、唐崎からさき夜雨やうです。
この名前は近江八景のひとつ唐崎夜雨からさきのやうから拝借したことは先の投稿で申しあげました。そこで、縁ありて名のる名前の唐崎を少し妄想散策してみます。

思えば琵琶湖を間近で見たのはこの日が初めてかもしれません。
これまで大津、彦根、長浜あたりを歩きましたが、いつも琵琶湖は背景であり遠景であった。湖国の大きな存在でありながら、私にとっては主役ではない。
唐崎もまた、唐崎の松や唐崎神社へ行くつもりであり、琵琶湖恋しく尋ねたわけではありません。されど目的の地はにおの海さざなみの湖畔にある。

訪れた日は曇りがちでしたが、それでも近江富士と呼ばれる三上山が対岸にのぞめる。ぼんやりとした情景は、朧といえば朧かもしれないが初冬の琵琶湖では春の季語が持つあたたかみが感じられないのが惜しまれる。

この唐崎の霊松のかたわらに芭蕉の句碑が建つ。
「辛崎の松は花より朧にて」

辛崎は唐崎のこと。『近江輿地志略』によると、唐崎、韓﨑、辛崎、可楽﨑とも書かれたりしたようです。花はもちろん桜のこと。
貞享二年(1685)の作で『野ざらし紀行』に載る。そこでは「湖水の眺望」と前書きがある。

この句は唐崎の地で詠まれたものではなく、大津で詠んだものとされている。春の花曇りのような中、大津から唐崎のほうを眺めて作ったのでしょう。なるほど、花より朧という言い回しは松を間近で見ている感じではなく、離れたところから眺めている感じがうかがえる。
だからと言って、芭蕉が唐崎を訪れていないわけではないし、また、ほんとうに大津から唐崎を眺めたかどうかはわからない。

この句は芭蕉の生前から、ちょいと議論の対象になっていた。
というのも「にて」で終わるところ、かな。
俳句には「や」とか「かな」などの切れ字を用いて余韻を生じる効果をねらうことがある。ところがこの句にはそれがない、らしい。「からさきの松は花より朧かな」と詠めば余情も生じたが、「にて」で留まる。

面白いのは「からさきの松は花より朧かな」としている書もあり、初案は「からさきの松は小町が身の朧」と伝えるものもある。始めから「朧にて」ではなく、芭蕉の中で逡巡されたと思われる。

カメラ片手に散策をしていると、曇天よりも晴れたほうがいい。陰影がとぼしくうすぼんやりした景色よりも明瞭なほうがいい。
ところが、こうした花より朧の句であるとか、八景の夜雨とかを知ると、古人はあるがままの自然に美しさを見出していたのではないかと思えてくる。
自分が望む光景を自然に求めるのではなく、自然に従う。曇天には曇天の魅力があり、夜の雨には夜の雨の詩情がある。

おもえば古人はものごとをハッキリさせることが必ずしもいいとは思っていないように見受けられる。毛唐にかぶれた脳みそでは少なからず抵抗もあるが、なかにいれば大したことない。
ね、こうして自分の文章も次第に朧化しつつあるかもしれないような気がすると思われる。

さて、話を唐崎に。
年を経て脳内はおぼろ化してきたが、文章は簡潔明瞭を旨としたい。
『近江輿地志略』によると日吉大社の神職のご先祖である琴御館宇志丸という人が常陸鹿島より移り住んでこの地を唐崎と名付けたとある。

現在もある唐崎神社は日吉大社の摂社であり、歴史的にも日吉大社の影響下にあったであることを考えると、この説はいくぶん割り引いて受け止めたほうがよいかな、と思う。

ではなぜに「からさき」なのか。唐崎あるいは韓﨑と漢字で表記されるように朝鮮半島と関係があるのではないかと思いを巡らしてみる。

するとこの唐崎周辺の大津北部には、大友村主、穴太村主、錦部村主、三津首などなど渡来系の人々が移り住んでいたことを知る。

660年に百済滅亡、663年に白村江の敗戦、667年に近江遷都。
天智天皇が大津に都が遷されたのは彼らの存在が背景にあるのか。また彼らの存在により、この地が唐崎と呼ばれるようになったのかと妄想。

「さざなみの志賀のからさき幸くあれど
  大宮人の船待ちかねつ」 柿本人麿

この『万葉集』に載る唐崎は天智天皇の大津京跡を偲ぶ歌。この和歌から察するに、唐崎が大津京の港となっている可能性がある。

いま唐崎神社の御祭神は女別当命わけすきひめのみこととされている。琴御館宇志丸の妻という。そのため婦人病に御利益があるらしい。
あまり気にせず参拝。

『近江輿地志略』では或いは松精神、と記されている。松の傍らに鎮座されているので、そのほうがふさわしく思える。
『東海道名所図会』には唐崎神祠の祭神を海少童命わだずみのみことと記している。大きな湖も海も似たり寄ったり。ここに海神が祀られていても構わない。

いやもっと言えば、元は異国の人々の神であったとしても構わない。
渡来集団が移住してきたなら彼らが信奉する神も一緒に遷された可能性もあるが、今日はここまで。

 






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