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【ニュースコラム】読売新聞 終わらぬ夏<番外編> 樋口季一郎

―もうひとりの杉原千畝と言えばお叱りを受けることになるだろう

読売新聞では、この夏「終わらぬ夏」を連載してきた。著名人が戦争体験を語る特集である。今日8月19日は、番外編として西洋音楽史研究者の樋口隆一さん(明治学院大学名誉教授)が登場した。

―日本のシンドラー
最近ようやく使用されなくなってきた言葉である。

もちろん、杉原千畝さんのことを指している。ナチスから逃れてきたユダヤ人がビザを求めて、リトアニアにある日本領事館へ殺到。日独伊三国同盟の締結を控えた日本政府は、ビザの発給を認めなかったが、杉原千畝さんの判断でビザの発給が行われたという有名な話。

杉原千畝さんは戦後、外務省を追われている。何の見返りも求めなかった杉原千畝さんを、金儲けなど様々な思惑で動いていたシンドラーになぞらえるのはあまりに違和感がある。寧ろシンドラーを「ドイツのスギハラ」と呼称してもよいほどである。

ただ、これは単に知名度という側面も否めない。映画『シンドラーのリスト』は、大ヒットとなり、アカデミー賞を何部門も受賞した。

樋口隆一さんも、また違った意味で複雑な感情を抱き続けてきたのかも知れない。

祖父が杉原氏に比べ知られていないのは、軍人を否定的に考える戦後の風潮もあったと思います。

樋口隆一さんの祖父の名を樋口季一郎さんという。

本も出版され、注目を浴び始めた人物である。思えば白洲次郎さんも、NHK『その時歴史は動いた』で紹介されてから、一躍有名になった。ちなみに上記の本は購入済みだが、まだ読めていない。読売新聞による略歴にはこうある。

在ポーランド日本公使館付武官などを経て1937年ハルビン特務機関長。42年北部軍司令官、44年第5方面軍司令官。

樋口季一郎さんを語る上で有名なエピソードは2つ。
・ユダヤ難民の満州国への入国を認め他国へ逃れさせた
・アッツ島玉砕時の指揮官

アッツ島に関して、季一郎さんの姿を隆一さんはこう語る。

毎朝起きるとアッツ島を描いた絵の前で、戦死した部下の冥福を祈っていました。幼い時から遊びに行くたびにその姿を見て、子供心に痛々しく感じていました。

ユダヤ人に話を戻す。記事ではこんなエピソードも披露された。

祖父はハルビンで開かれた「第1回極東ユダヤ人大会」で、ユダヤ国家の建設に賛成するなどユダヤ人に理解を示すあいさつを行っています。

日本人には…少なくとも筆者には、ユダヤの方々に対する差別感覚というものが今ひとつわからない。ハッキリとした書名は忘れてしまったが、学生の頃“なぜ、ユダヤ人は差別されるのか”的な分厚い本を学校の図書館で借りたりもしたが、結局よくわからなかった。

ナチスのユダヤ差別は、もちろん言語道断だが、ナチス以前も以降も、欧米社会ではユダヤの方々への差別感情は根強く残っているようである。

日本にも色々な意味で影響を与えたドラマ『ビバリーヒルズ高校白書』では、成績優秀なアンドレアという女性はユダヤ系として描かれていた。彼女の出自を揶揄した登場人物に対して、主人公のブランドンが激昂するシーンを鮮烈に覚えている。

8月16日、NHKスペシャルで『アウシュビッツ 死者たちの告白』が放映され、ゾンダーコマンドのことが取りあげられた。

ゾンダーコマンドとは、アウシュビッツ収容所で特殊任務にあたったユダヤ人のことである。ゾンダーコマンドを描いた映画に『サウルの息子』という作品がある。間違いなく名作だが、観るには相当の覚悟がいる作品であることも、添えておく。

NHKスペシャルを観て、『サウルの息子』で描かれていたことが、フィクションではなかったことを改めて実感しなければならなかった。Nスペも映画も、ゾンダーコマンドが残したメモが大きな意味を持つものとなっていた。

番組ではユダヤ人差別の根深さを物語るエピソードも披露された。

ポーランド亡命政府からイギリス政府へ、アウシュビッツ収容所にいるユダヤの人々が、苛烈極まる状況となっていることを報告。報告を受けて書かれた、アメリカ宛てのイギリス政府の内部文書には、こう書かれていたというのである。

大量虐殺の阻止に動けば、ドイツはユダヤ人を絶滅ではなく、他国に追いやる方針に転換する恐れがある。我々がユダヤ人を積極的に受け入れることになれば、人々の不満が政府に向くことになるだろう。

もちろんナチスは論外だが、寧ろイギリスやアメリカの立場の方がよほどタチが悪いと感じたのは筆者だけであろうか。

そんなタチ悪い国々が、建設の手助けをした国によって、中東の情勢は未だ混乱のただ中にある。樋口季一郎さんが考えていた、ユダヤ国家とはどのようなものだったのであろうか。

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