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無駄を無駄で終わらせない思考 

無駄をテーマに考えるトレーニング!

「無駄を無駄で終わらせない方法」そんな無駄なこと!と思わないこと!
から始めましょう。

そんなことして、時間の無駄だよ!
あぁ、時間の無駄だった!
つい口からため息と同時に出ていませんか、または耳にしませんか?

 でもそれって、本当に無駄だったのでしょうか、
人生に無駄なことは何一つない」とも言われます。
 どちらが、正解なのでしょうね?

結論:正解などはありません。人それぞれに、目的、意識が違います。
   一人一人が、無駄を意識したときに、判断すればよいのでしょう。

「無駄」だったかな?あのトレーニング

 トレーニングで
 「その動きを最初に知っていたら・もっと早く教えてよ」と
 愚痴が出たことはないですか、
 今まで「無駄なことをしてたなぁ」と悔む時はありませんか。

 トレーニングで、効率よく運動機能を向上させる。
 最短で体型を変える。
 翌日に疲れを残さないで費用対効果を上げる。
 早い話が、無駄はしないで結果を出す。
 理想ですよね。
  
  特に、
 忙しい、コストパォーマンスを重視する、
(より短い時間で、今までと同じ効果がほしい)
   加齢に伴い、今までと同じ量の運動は難しいが、
 効果はお同じでありたいと望んで当然
です。
 
 そう思う他方、ハードワークを乗り越え、オーバーワークにタッチする。
 その先に必ず勝利が待っている系という人もいます。 
 又、衰えを認めたくない。
 
  そのために疲労があっても、今までと同じ動きをしてしまう。
 勿論、決して無駄ではないと思う経験と信念からきているのでしょう。
 
  しかし、
  「それってオーバーワークでしょう」
  「怪我したら意味なくない」
 「やっぱりそれって無駄でしょう?」と考える人も。
  賛否両論(3vs7ぐらい?)いますよね。
    
  そこでもし、無駄だったと思ってしまったら、
  (ややこしくてすみません:m(・ω・m)ソーリィ)
 

無駄を無駄で終わらせない思考で解決

 例えば、
 幾度となく反復することで、瞬間的に動けるようになる
 ぞくに「型」を自分のものにするのに必要な運動量、動きと考える。
 スポーツ競技では、練習で出来ないことは、本番でも出来ないと
 と言われます。
 
 「練習は嘘をつかない」最後は、練習量(運動量)、
  に結びつく所以です。
 
 

ソフトバンク・王会長の本の中の一節

:「回想」から

「努力しても報われなかった」という人がいるが、
もし、本当に報われないと思っているなら、
それは、「努力をしたとは言えないのではないか・努力が足りないのではないか」という一節があります。

 私なりの解釈をさえて頂ければ、
「やり切った達成感があれば、たとえ結果が望むものでなくても、
 受け入れられる」となります。

つまりトレーニングで、ついやりすぎてしまったときこそ、
無駄イコール長時間トレーニング・疲弊 と考えず
納得する努力だった」とおきかえて解決していく。

効率(特に短時間)では解決できないものは、努力で補う!
ことこそ「無駄を無駄で終わらせない思考』につながります。

ビジネスもしかり!

「クソどうでもいい仕事」で在っても創意工夫と考えると、
「無駄を無駄で終わらせないで、クソどうでもいい仕事は肥やしにしろ
 となります。

 最後までお付き合いを頂きまして、ありがとうございました。
 今日はここまでした。また、お会いしましょう。

★参考までに、
  トレーニングを始めた、これから始めようとしている、
  愚痴らない、悔やみたくない人は、
  都度達成感を得るスキル、その思考と動き方


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