世界の結婚の今【PART2:フィリピン共和国編】離婚が存在しない国。結婚を取り消すことはできるが、多額の費用と長い年月を要する
連載「世界の結婚の今」もPART2を迎えることになりました。PART1で取り上げた米国では、全州で同性間の婚姻が認められているほか、婚姻制度に加えてパートナーシップ制度が設けられているなど、国民にさまざまな選択肢があることがわかりました。では、多くの国民がカトリック教徒だというフィリピン共和国(以下、フィリピン)における婚姻制度、そして結婚生活のありようはどうなっているのでしょうか。まずはその婚姻制度を紹介した上で、今回も日本在住のフィリピン人2名にインタビューを試みました。
フィリピンの婚姻制度は一夫一婦制で、異性間の婚姻のみが認められています。年齢的には18歳以上は結婚できますが、25歳になるまでは年齢に応じて両親の同意書や承諾書が必要とされます。また、通常の婚姻制度以外に、いわゆるパートナーシップ制度のようなものは設けられていません。
フィリピンはASEANで唯一のキリスト教国で、外務省のWebサイトによると、国民の83%がカトリック、10%がその他のキリスト教、5%がイスラム教となっています。キリスト教----中でもカトリックにおいては“結婚してたくさん子供をもうける”ことが重視されており、彼らにとっての結婚の目的は、経済的な側面よりも子供をもうけることにあると言えそうです。
フィリピンにおいても諸外国と同様、カップルは結婚することで、税金や社会保障、相続などにおける優遇策を受けることができます。しかし、そもそも収入が限られていることに加えて社会保障でカバーできる範囲が狭く、これらによるベネフィットは限られているのが実情です。こうした中、結婚によるベネフィットは、相続に関することが中心。フィリピンにおける既婚者は、特別な婚前契約がなければ、配偶者が亡くなると同時に、法律に基づいてその財産の一部をもらい受けることができるそうです。
結婚を希望するカップルは、一緒に市町村の役場に出向き、婚姻許可証を申請します。これは手続き等に問題がなければ、10日後に発行されます。婚姻許可証が発行されたら、婚姻を司る権限のある司祭や大臣、裁判官などに予約を入れると共に、2人以上に証人を依頼して、結婚式当日に婚姻契約書にサインすることになります。
結婚式には教会婚(Church Wedding)と民事婚(Civil Wedding)の2つがあります。前者は親戚や友人100名程度を招待して教会で開催されます。この場合、婚姻契約書へのサインは挙式とは別途に行わなければなりません。一方で後者は婚姻契約書にサインした後にそのまま市庁舎で行われたり、レストランを借りて披露宴を開催したり、妻の実家で親戚や友人、近所の人を招いて開催されたりさまざまで、日本の結婚式以上にお祭り的なイメージが強いそうです。
婚姻契約が成立すれば、婚姻が法の下で行われたことや、カップルが合法的な配偶者であることを示す婚姻証明書を取得することができます。婚姻証明書には、夫婦それぞれの名前や、契約日、結婚式の場所などが記されています。このうち夫婦の氏については、以前は妻が夫の名字を付さなくてはならなかったものの、今日では法律が改定され、妻は結婚後も旧姓を維持することができるようになりました。
フィリピンには離婚という制度がないため、これに類似する効力を発生させるには「アナルメント」(婚姻解消)という手続きを取ります。最初から結婚しなかったことにするのですが、アナルメントには当事者間の合意だけではなく、詐欺や脅迫があったなど厳しい要件を満たす必要があり、弁護士への報酬を含む多額の費用(50万~100万円、もめた場合には200万円以上)と、2~3年、長ければ5年に及ぶ年月を要するそうです。
つまり、世界銀行が「低・中所得国」に分類するフィリピンにおいては、よほどのお金持ちでないとアナルメントはできないわけで、別居中で実質的には“離婚状態”の夫婦が、お互いに異性の友人やその子供たちなどと別の家族を構成し、一緒に生活していることも珍しくないのだそうです。
婚姻数が減少傾向にある中、ミレニアル世代は自由度の高い民事婚を選択!
次に、フィリピン統計局(Philippine Statistics Authority、以下PSA)のWebサイトより、フィリピンの婚姻にかかわるデータを見てみましょう。これによるとフィリピンの婚姻数は減少傾向にあり、2019年には43万1,972件で、2018年の44万9,169件から大きく減少しています(図表1)。このように婚姻数が減少している要因としては、ミレニアル世代が結婚しない、あるいは結婚年齢が高年齢化する傾向にあるという世界各国のトレンドに即しているとも言えますが、一方では未婚者の男女のバランスが女性に傾いていることを指摘する声もあります。
さらにコロナ禍のもとにあった2020年には、フィリピンにおける婚姻数は24万0,775人にとどまり、2019年に比べて44.3%減少、1970年以来の最低水準になったと報じられています。ただし、クアラルンプールを拠点とするオンラインショッピングアグリゲーターであるiPriceGroupによると、2021年には再び増加を見せているそうです。
図表1 婚姻数とその増加率
また前述の通り、フィリピンにおける結婚式には教会婚と民事婚がありますが、同じくPSAによると、2020年には、民事婚が49.8%と最も多く、以下、ローマカトリックの教会婚が27.9%、イスラム教の儀式が1.3%、部族の儀式が0.9%、その他の宗教儀式が20.0%となっています(図表2)。教会婚が宗教的な型にはまったスタイルで行われるのに対して、民事婚はカップルの好みに合わせて自由にカスタマイズできることから、近年ではミレニアル世代の人気を博して増加傾向にあるようです。
図表2 結婚式のタイプ構成比
一方で、フィリピンの裁判所によるアナルメントの審理件数は、2010年頃からは1万件前後で推移しており、2013年時点ではその95%が認められたそうです。人口1億人超のフィリピンにとって、これはごくわずかな数に過ぎません。しかしこれは間違っても夫婦関係が上手くいっている証などではなく、国民の所得に対してアナルメントの費用が法外だからだと言われています。
日本在住のフィリピン人にインタビュー。日本人の結婚生活は冷え切っている?
では、日本とフィリピンの結婚生活はどこが違うのでしょう? 日本に住むフィリピン人のAさんとBさんに話しを聞いてみました。
【英会話カフェでファシリテーター役を担うAさん】
日本に住んで3年弱。英会話カフェでファシリテーター役を担うAさんは、いわゆる結婚適齢期の男性。最近では結婚したり、子供が生まれたりする友人も多く、自身の結婚についても意識している様子です。そんな彼の母国の友人には裕福な家庭に生まれた今どきの若者が多いと見え、前述の婚前契約を結ぶことで、相続の発生やアナルメントに伴うファミリーの資産流出に歯止めをかけるカップルも少なくないとか。また前述の通りフィリピンでは同性間の結婚は認められていませんが、LGBTQが社会の中で認められてきているのと足並みを揃えて、彼の周囲でもこれをオープンにする人々が増えているそうです。
フィリピンでの結婚生活については、都市部では親元から離れて、住まいを買うなり借りるなりしているカップルが目立つものの、田舎においては夫の両親の家に同居するケースが多いとか。妻の実家の立場から見ると、後者は娘を送り出すような感覚があるそうです。またフィリピンにおいては大家族が多く、共働きをしながら皆で家事を分担する傾向にあること、また住み込みのメイドが広く普及していることなどから、夫は買い物をもっぱら担ったり、育児を分担したりする形で家事に参画しているそうです。
20代後半のAさんは、将来的には結婚するつもりではあるものの、手続き面の煩雑さを含めて日本で結婚するのは難しいと考えている様子。また、日本人のカップルは、恋人同士の頃は結婚に向けて関係を深めていくものの、結婚をピークに徐々に関係が希薄になる印象があるそうです。Aさんにとっての理想の結婚は、これとは逆に、結婚後も末永く良い関係を維持していくこと。そしていずれは、夫婦の間に子供を設けていきたいと語ってくれました。
【奨学金を得て大学院修士課程に留学中のBさん】
Bさんは、フィリピンで大学の助手などいくつかの職業を担った後、日本の大学院の修士課程に入学した30代半ばの男性。前述の通り、フィリピンにおいては婚姻制度のベネフィットが限られていることに加え、ひとたび結婚すれば相手と一生添い遂げることが前提となるため、好きな人ができたからと言ってそう気軽にはゴールインすることができません。こうした中、Bさんによると、やはり多くのフィリピン人の結婚の目的は子供をもうけることにあるとか。国民にカトリック教徒が多いことから、世間体を考えると子供を産み育てるためには結婚しないと、というのが多くの国民の本音だと言うのです。
一方、Bさんは、日本における結婚には冷たい印象があると語ります。その心は、“夫婦が常にすれ違っている”感じがするから。多くの夫婦は共働きで日々多忙を極めており、仕事が終わっても家事や育児があるため、“夫婦だけの時間は週末ぐらいしかない”ように見えるそうです。日本はフィリピンに比べると、所得水準は高いものの若者の所得は低く、また物価も高いですから、結婚するとなったらまずはそのための経済基盤を整えなくてはなりません。こうした中、他の多くの国と同様、日本においても結婚は今や、ある種ラグジュアリーなものになっているのではないかと語っていました。
Bさんには2021年12月に日本人の彼女ができたそうです。友人主催のパーティで会ったのがきっかけで、デートを積み重ねる中で相手の両親にも会い、今ではお互いに結婚を前提に付き合う関係になっているとか。こうした中、Bさんにとっての理想の結婚は、この彼女と結婚すること。フィリピンの女性がデート時の食事代などを男性が払うことを求めたり、未来の夫に経済的な基盤を求めたりしがちな中、彼女は24歳でプログラマーとして働いており、インディペンダントだというのがその理由。タイミングを見て、彼女との間で、お互いの夢を邪魔するのではなく、支え合うことで共に上昇していけるような結婚をしたいととびきりの笑顔で語ってくれました。
以上、PART2ではフィリピンを取り上げましたが、その婚姻制度や結婚生活のありようは、PART1で取り上げた米国とも日本とも異なっていました。制度面では、当事者間の契約を反故にしかねない多くの規定があることに加え、キリスト教の影響もあり離婚制度がないことから、そう簡単に結婚するわけにはいきません。また、大家族が多い同国においては、結婚後も同居の両親が家事や育児をサポートする、あるいは中流以上の家庭にはメイドがいるというのが大きな違い。日本の感覚ではメイドは贅沢なサービスですが、彼らはメイドの雇用を通して低所得者層に仕事を提供するという社会的意義も感じているようで、そこにもキリスト教の影響が感じられました。
★「世界の結婚の今」は、【PART3 フランス編】に続きます
連載「世界の結婚の今」
【PART1:アメリカ合衆国編】 世界の結婚は多様。時代と共に変化している
執筆:
コラムニスト/西村道子 Famieeプロジェクトメンバー
マーケティングリサーチ会社でダイレクトマーケティング等にかかわる調査・研究に従事した後、1989年に「お客さまとの“対話”を重視した企業活動のお手伝い」を事業コンセプトに(株)アイ・エム・プレスを設立。インタラクティブ・マーケティング関連領域の出版物の発行&編集責任者を経て、2015年に「インタラクティブ・マーケティングまとめサイト」を立ち上げ、編集長に就任。現在はB2Bを中心としたコンサルティングを行う傍ら、マーケティングや異文化コミュニケーションに関するコラムを執筆している。2021年よりFamieeプロジェクト・メンバー。
一般社団法人 Famiee
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