震災クロニクル3/29(37)

深夜の12時をとうにまわっている。僕の車は一台トコトコと福島第一原発に近づいている。辺りから人の気配は消え、無感情の点滅信号がやたらとはばをきかせている。自衛隊の車両とおぼしき車が数台巡回している。まるでゲットーにでも迷い混んだかのよう。点滅信号を守る意味はあるのだろうか。車はとうとう自衛隊車両と僕の車だけになった。僕の街はすでにもぬけの殻のような静寂と整然と区画された街並みだけがあるだけ。それはまるで写真のような沈黙空間だった。
アパートに着くと、もちろん戻ってきている住人は自分しかいないことがわかった。駐車場にポツンと一台のボロ軽自動車があるだけ。つまり、自分以外の住人はどこかに逃げたのだろう。

ゆっくりと部屋の鍵を開けると、棚の荷物が落ちている。きっと余震があったのだろう。トイレもベッドもそのまま。特に荒らされた様子もない。

「ただいま」

一人で呟く。スマホを片手に横になった。電波塔が回復したのだろうか。ネットには繋がる。すぐにこの街の情報収集を始めた。

灯油の販売
支援物資の配布
義援金

とりあえずライフラインの確保が重要で、3月の寒空の下、ストーブの灯油と、食べ物は喫緊の課題だ。

…………あった!

近くの生涯学習センターで食料の配布と灯油販売がある。素早く日時をメモして、今の灯油の量を確認。節約を心がけた。とりあえずノーリターンの覚悟で出た街に、恥ずかしげもなく戻ってきてしまった。

人生の最期をここで迎える覚悟とともに。
この街の運命を見守ろうと思う。

これからどんな悲劇があろうとも。

色々と計画を立てては悩み、その繰り返し。

そんなことを繰り返しているうちに、いつの間にか眠りについてしまった。静寂と暗闇の街の中で、ひっそりと息をしている自分はまさに世界でたった一人、悲劇のど真ん中のベッドに揺られながらテクテクと夢の中へ歩いていった。真実の喧騒など届くわけもなく。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》