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失われた楽譜

第1章: 町に響く鐘

田舎町「ハースヴィル」は、古い伝説と静かな日常が共存する場所。
町の外れには年老いた書店主エリオットが営む書店があり、そこにはマーク・ロスコの絵画が飾られていた。

伝説によると、町のどこかに「失われた楽譜」が隠されており、その楽譜には強大な力が宿っているとされている。

アナ(歴史学者)とリチャード(作曲家)は、古い家を新たに購入し、ハースヴィルに引っ越してきた。
アナは町の歴史に興味を持ち、リチャードは音楽から町の文化を感じ、作曲に生かそうとしていた。
二人はエリオットの書店に立ち寄り、町の伝説に関する情報を探していた。

一方でハースヴィルという田舎町は、深刻な危機に直面していた。
数年前から対処法のないウィルスが蔓延し、住民たちは次々に病に倒れ、かつて賑わっていた通りは静まり返り、町の未来は希望を失いつつあった。

ある日、アナはエリオットの書店で見つけた古い文献から、町に伝わる「失われた楽譜」についての記述を発見した。

この楽譜は、特定のメロディーを奏でることで魔法の力を引き出せるとされており、その力は町の平和を守るために使われていたとされていた。

しかし、楽譜には重要な部分が欠けており、完全なメロディーを奏でるためには失われたページを見つけなければならなかった。

リチャードは家に戻りその楽譜の一部を補うように作曲し演奏を続けると、奇妙な影響が出始めた。
そのメロディーがリチャードに不思議な感情を呼び起こし、時間感覚は遅れ、体全体に変化が現れ始めた。
リチャードとアナは、楽譜の秘密を解き明かすことで町の歴史と自分たちの役割を理解しようと決めた。

第2章: 謎の絵画

ある日の午後2時、教会の鐘が町中に響き渡る中、アナは書店の中で不思議な現象に気づいた。

店の窓から差し込む光が、ロスコの紫とピンクの上下2色の絵画を、ほとんど黒と白に変えていたのだ。
強い日差しを受けながら絵画の白くなった部分には、微かに乱雑な文字が刻まれているように見えた。

アナはその謎めいた文字に興味を抱き、研究を重ねた末に、それが古代の暗号であることを突き止めた。

文字を解読すると、「Pray for the day under the moonlight」と書かれており、「Pray」が教会を意味し、「under the moonlight」は月明かりの下を意味していた。

これを元にアナは町の外れにある廃墟の教会に「失われた楽譜」が隠されているということを突き止めた。
アナはこの発見に興奮し、すぐにその場所を調査しに行こうと決意した。

第3章: アナの葛藤とリチャードの苦悩

しかし、アナの心にはもう一つの悩みがあった。

彼女の夫、リチャードとの関係は、子供が授からないという焦りから徐々にぎくしゃくしていた。

アナは、その焦りから、依然他の男性と一時的な恋に落ちてしまった。

この裏切りはリチャードの心に深い傷を残し、彼の精神状態を不安定にしてしまった。

リチャードはポップスの作曲家として名を馳せていたが、アナとの関係の崩壊により、彼の創作意欲は次第に失われていった。

かつては完璧なメロディーを生み出していた彼が、今ではその音楽を再現することができなくなっていた。

そんな中、アナはリチャードに「失われた楽譜」の隠し場所について話し、一緒にその場所を訪れることを提案した。

リチャードは、彼女との問題を乗り越えるため、そして「失われた楽譜」の力を確かめる為、この冒険に乗り出すことを決意する。

第4章: 失われた楽譜の発見

町は静寂の中、ウィルスに侵され、人々の顔は明るさを失い、息苦しそうに生活していた。
しかし町はその陰鬱な雰囲気に呑み込まれつつも、静かに命の灯火を守り続けていた。

書店のエリオットもまた、青い瞳の奥に深い秘密を隠していた。

彼は長い年月を経て冷たい静寂の中で生き続け、かつて19歳の青年として「失われた楽譜」を完成させた祖父のことを思い出していた。

エリオットの祖父は皆が寝静まった夏の夜、静かな青い夜空の下で、その楽譜を書き上げたのであった。

アナとリチャードは翌日教会へ向かい、湿った土と青い苔が絡む廃墟の中で、失われた楽譜を探し始める。
そこでアナは月、または月明かりと関係するものの周辺に楽譜は隠されていると予想していた。

リチャードがつる草に覆われた古びたオルガンをが置かれているのを見つけ、傍に小さな書物が落ちているのを見つけた。
タイトルは「Moonlight」と記されていた。

「このオルガンの下だ。」
リチャードがつる草を掻き分けて床を石で叩いていくと、ある箇所から音の跳ね返りに鈍さを感じた。

その瞬間、エリオットが教会に現れた。

彼は驚愕の表情を浮かべながらも、どこか懐かしさと哀しさが入り混じった目で二人を見つめていた。
「どうして今まで楽譜の在処を隠していたんですか?」リチャードが問いかける。
エリオットは静かに答える。
「その楽譜には、使う者の寿命を著しく短縮させる力が宿っているからだ。
隠していたのはその力を使う事で使う者の命に影響がおよび、命が危険にさらされるからだ。」

アナが床の下からほとんど無傷の状態の楽譜を見つけ手に取り、エリオットに向き直った。
エリオットは深いため息をつき、続けた。
「楽譜は私の祖父が書いたものだ。
祖父は幼い頃から音楽に深く影響を受けていた。
彼は音楽が人の人生や命に影響を与えることを早くから理解していたんだ。
夜になると作曲に没頭し、それでこの楽譜を完成させることができた。
しかし、その力の代償が彼の命を奪ってしまった。」

エリオットは実は「失われた楽譜」の保護者であり、彼の祖父は失われた楽譜の作曲者であった。
彼は、楽譜の力が悪用されるのを防ぐために、長い間、町の人々にその存在を隠していたのだった。

「祖父は彼が19歳の時、完璧なメロディーを作り出した。
その音楽はあらゆる者の心に共鳴し人々に幸福をもたらし、当時、貧困で苦しんでいた田舎町は活況を得ていった。
しかしその代償として彼はわずか3年後、1人の娘を残し22歳で亡くなった。」

エリオットは、祖父がこの楽譜を使ったことが原因で命を縮めたことを明かし、楽譜を隠していた理由を説明した。

「楽譜は演奏する者の精神力を最大限に引き出すようにデザインされており、その上限を設けない様に作られている。ゆえに精神バランスを崩す。」

アナはその話を聞いて、リチャードの手を握りしめる。
「それなら、私たちがこの楽譜を使ったら、どうなるの?」
エリオットは苦々しい顔で答えます。
「影響は計り知れない。
だが、一つだけ確かなことがある。
あなたたちが楽譜を使えば、命の灯は急速に尽きるだろう。」

第5章: 決断とメロディーの奇跡

アナとリチャードは、エリオットの警告を聞きながらも、町を救うために楽譜の力を使うことを決意する。
彼らは、町の人々を救うために自らの命を危険に晒す覚悟を固めたのだ。

教会の中で、リチャードが楽譜を手に取り、古びたオルガンの上でメロディーを奏で始めた。

音楽は空気を震わせ、教会の屋根を抜けて町全体に響き渡る。

すると奇跡が起こり、ウィルスに苦しんでいた子供たちが次々に元気を取り戻していった。
それだけでなく、大人たちの症状も軽くなり、町には再び活気が戻り始めた。

しかし、メロディーを奏でるたびに、リチャードとアナの体力は急激に衰えていった。

彼らは最後の音を奏で終えると、穏やかな微笑みを浮かべながら、静かに息を引き取った。

第6章: 10年後の未来

10年後、ハースヴィルは繁栄し、町の中心には新しい教会が建てられました。
アナとリチャードの記念碑がその教会の庭に立ち、彼らの犠牲が町を救ったことが語り継がれています。

エリオットは、あの時の教会での出来事を今も思い出し、二人の勇気に感謝し続けています。

彼の書店は今も健在で、あの日の午後2時になると、窓から差し込む光がマーク・ロスコの絵画を照らし出します。

誰かが再びその秘密を解き明かす日が訪れるのを、彼は静かに見守り続けています。

終わり

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