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旅は映画のように―タイ北部編 その1


 5年前のタイ

 コロナ前の2019年夏。初の東南アジアひとり旅の行き先が、タイだった。このときは、バンコクに滞在し、市内の寺院や世界遺産のアユタヤ遺跡、デヴィッド・リーンの映画『戦場にかける橋』(1957)の舞台になった、カンチャナブリーのクウェー川鉄橋などを訪れた。


クウェー川鉄橋(イメージ)

 カンチャナブリーは、ツアーに参加して訪れたのだが、同じツアーのオーストラリア人の初老の男性がフレンドリーで、リラックスできたのを覚えている。泰緬鉄道にも乗車し、車内でガイドさんに撮ってもらった写真を年賀状にしたら、鉄道好きの従兄弟にうらやましがられたっけ。

 当時、日本ではタピオカミルクティーが大流行していたが、それなりの値段なので、飲んだことはなかった。タイではとても安いので、毎日、ホテルの最寄り駅にあるお店で買って、飲みながら帰った。ビールで乾杯ならぬ、タピオカミルクティーで今日も観光を頑張った自分に乾杯というところか。

 タイは食事が口に合い、危険も感じなかったため、また行きたいと思っていた。次に行くなら、やはり世界遺産のスコータイ遺跡かなと思うのだが、2007年に、若い日本人女性が遺跡見学中に殺されたという事件があったため、二の足を踏んでいた。が、この3月、思いきって、決行することに。

 2回目のタイへ

スコータイとチェンマイに滞在する8日間の旅。3週間前に航空券とホテルを押さえるという、これまで海外旅行をした中で、一番ギリギリの予約。宿は手頃な部屋はすでに予約がいっぱいで、同じ宿でも若干高い部屋を予約。航空券とホテルを押さえ、あとは風の吹くまま、気の向くまま。

 出発前に天気を調べると、暑季ということもあり、最高気温は40度にもなるという。暑いのは苦手なのに、よりによって暑季に行くことにしたのを後悔。しかも、チェンマイは1月からの野焼きのせいで、大気汚染指数が世界で5番目という。行きたくない、でも航空券のキャンセル料がかかるし、ということで、不安要素はあるものの、観光で決して無理はしないことをモットーに旅立つ。

 スケジュール

1日目 飛行機で移動(成田→上海→バンコク)
2日目 7時 バンコク発の国内線
     8時過ぎ スコータイ空港着
    スコータイ遺跡近くの旧市街に宿泊
3日目 スコータイの新市街に宿泊
4日目 バスでチェンマイに移動 チェンマイ泊
5日目 チェンマイ泊
6日目 チェンマイ泊
7日目 深夜にチェンマイ発
8日目 朝に関空着 夕方、関空発 夜に成田着

DAY1

 成田空港へ

 昼過ぎの飛行機で余裕があったにも関わらず、へまをする。新宿から本八幡行きに乗ったつもりが、多摩センター行きに乗っており、慌てて引き返す。普通列車だと空港に着くのが遅くなるので、京成スカイライナーに乗る。成田空港に着くまでに、すでに予定通りにいっておらず、今回の旅の困難さを予言しているようで、へこむ。

 成田から上海へ

 初の中国系航空会社利用。これまで、中国人旅行客がとてもうるさいのではないか、と思い敬遠していたが、そんなこともなく、座席もこれまで利用したLCCなんかよりも広くて、いい意味で予想を裏切られる。


上海行きの機内食(食べかけで、汚くてすみません)

 機内食もおいしかった。映画や音楽のサービスもあり、“The ordinaries"という映画を観ようとする。が、字幕が中国語か、英語しかなく、字幕を読むのに必死で画面を楽しめないので、断念。両親がともに映画俳優だった若い女性が主人公で、映画へのオマージュがあちこちに散りばめてありそうだったのだが。

『地球の歩き方』をペラペラめくり、あとは島本理生の『ナラタージュ』(2005、角川書店)を60ページほど読む。『ナラタージュ』は、ビクトル・エリセ作品が出てくると知って、読むことに。

 トランジット―島本理生『ナラタージュ』を読みながら

 トランジットで5時間待ち。搭乗口まで行き、『ナラタージュ』の続きを読みながら、ひたすら待つ。5時間もあったため、文庫本で400ページほどだったが、読み終える。

 『ナラタージュ』は、結婚することを決めた若い女性が、高校時代から好きだった、高校の男性教師との交わりを回想する話だった。私じしんが、年齢がいっているせいもあり、主人公とシンクロして読むことはできなかったし、高校教師の男性の描写も作り物に見えてしまう。しかし、タイトルにナレーションとモンタージュを掛け合わせた映画用語を用いているだけあって、エリセ作品も上手に使われている気がした。この小説のレビューも近いうちに書いて、noteに載せたい、そう思った。

 上海からバンコクへ

 搭乗の時間が迫って来ると、どこからか中国人旅行客が集まって来る。大声で話し、何やら盛んに食べている人も。この待ち時間が、一番うるさかった。
 
 しかし、搭乗してしまうと、夜ということもあってか、騒がしさとは無縁だった。空港に着くと、窓側に座っていた女性が通路側の私を押しのけ、我先に下りていき、これには驚いた。

DAY2

 バンコクからスコータイヘ

 深夜、バンコクに着き、7時発のスコータイ行きまで、待つ。深夜の空港の安全性は行く前から懸念材料だったが、一応、警備員がおり、予想していたほどではない。しかし、その警備員が椅子にまたがるようにして寝ている。日本では考えられない光景だった。
 
 すぐにSIMカードを手に入れたかったが、バーツがないので、両替所が開く5時まで待つ。トイレで着替えてから、女性がかたまって座っているエリアで、じっと待機。
 5時に換金し、SIMカードを購入。最初はうまくつながらなくて、お店のお姉さんにやり直してもらう。何度かやって、うまく行ったので、国内線の搭乗口ヘ。

 バスで飛行機まで移動し、小型の飛行機で飛び立つ。日本人らしき人は見当たらない。機内で朝ご飯が出る。チキンピラフだった。お腹が空いており、ペロリと完食。

 スコータイ空港からソンテウで市内へ

 スコータイ空港は、柵を隔てているものの、間近にシマウマやシカがいるという、なんとものんびりした空港。

空港で見たお花

 ほとんどの乗客がすでに市内への足を確保しており、みな待っていた車に乗り込んでいく。私はソンテウに乗る。ほかは若いヨーロッパ人カップルのみ。

 彼らはフランス人で、トゥールーズ出身だという。男性の方はアニメ好きで、若干日本語を話すこともでき、日本はすでに3回訪れているという。竹富島に行ったことがあるというのには驚いた。円安でさぞ安く日本旅行が楽しめるだろうと思ったが、コロナ前と比べて、航空券、宿泊費ともに値上がりしているという。

 欧米人の中には、アジア系を見下す人間もいることを体験的に知っているので、フレンドリーな彼らにほっとする。

 大学でフランス語を勉強したこと、ルイ・マルの『さよなら子どもたち』(1987)が好きなことを話すが、彼らにはそれほどぴんと来ないよう。無理もない。おそらくルイ・マルが亡くなった頃か、その後に彼らは生まれたんだろうから。

 しかし、フランス人の彼がアニメ好きで、ドラゴンボールの登場人物のシールをスマホに貼っているのを見せられても、宮崎駿以外のアニメをほとんど見たことがない私にはぴんと来ないのだから、お互いさまである。

『さよなら子どもたち』…マルが久しぶりにフランスに戻り、少年時代を回想して作った作品。少年の目から見た戦争を描いた名作です。
 
 フランス人の彼女の方は、ベトナムのハロン湾に行きたいといっていた。私は、カトリーヌ・ドヌーヴ主演の『インドシナ』(1992)を観て、映画に出て来たハロン湾に行きたいと思い、実際に行ったクチだが、彼女からしたら、それも古くて知らないかもしれない。

 彼らは新市街のバスターミナルで下りていき、私はそのまま、旧市街の宿まで連れていってもらうことにする。

 スコータイ歴史公園へ

 旧市街の宿には、10時ごろに到着。荷物だけ預かってもらおうと思うが、部屋にチェックインしていいという。好意に甘えてチェックインさせてもらい、早速シャワーを浴びる。少しのんびりし、必要なものだけ持って、遺跡見学へ。

 何しろ最高気温40度の暑さなので、レンタルサイクルに乗ることに。乗り心地はがたつくが、まあ、何とかなるだろう、と。差し込むタイプのカギではなく、チェーンを巻きつけるタイプでやや面倒。
  
 遺跡公園で、再度、フランス人カップルと偶然再会し、せっかくなので記念撮影もする。"Merci beaucoup."というと、喜んでくれた。向こうが、“Have a nice trip."といってくれたけど、先に“Bon voyage."といえばよかったなと少し後悔する。

 彼らは、ゲストハウスでシャワーだけ浴びて深夜のバスでチェンマイに移動するという。若いだけあって、元気である。ここにはこの遺跡しかないのに、何をするのかといわれる。別の遺跡を見に行くつもりだと答える。

 暑いが、自転車で回ったのが功を奏してか、予想外にあちこち見て回ることができた。アユタヤ遺跡と比べて、観光客は少なく、のんびりした雰囲気。社会科見学らしき小学生が、先生に引率されているのに出くわした。先生も子供も暑い中、ご苦労なことだと思うが、彼らは暑さには慣れているから、大丈夫なのかもしれない。

 以下は、この日に見た仏さまたち。日本では見かけない石仏というところが珍しいし、立ち姿の遊行仏というのも新鮮だった。

どちらの方でしたっけ… 
ワット・マハータート
ワット・トラパン・ングン
ワット・シー・チュム

 釣り鐘型の仏塔の土台を支える32頭の象たちが、十字架を背負うイエス・キリストのように思えてしまう。象さんたち、何世紀もの間、ご苦労さまです。

ワット・チャーン・ローム

 17年前、日本人女性が殺された遺跡も、今では警備員がおり、危ない感じはしなかった。ただ、一人で16時30分以降に訪れないように、という標識が日本語含め数カ国語で出ていたけれど。
 この日は、お店でいわれた通り、17時までにレンタサイクルを返して、宿の近くでカオマンガイを食べて、おしまい。

 日本円で800円程度と安いので、本当は、マッサージもしたかったけれど、エアコンの入った部屋を一歩出るや否や、汗をかくので、出かけるのはやめにする。宿の入口に猫の親子がいるのを見かけたので、写真を撮りたかったけれど、これも明日にする。

 夜にびっくりしたのは、便器にカエルがいたこと。どこから入って来たのか。蛙の面に小便というから、気にせず、小用を済ませたけれど。


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