見出し画像

帰省と別れ

休みに帰省して家族と過ごしていると、なんてことはない日々に、幸せを感じる。
(心の底からではないにしても)素でいられるし、気張る必要なしに一緒にいたいと思えるし、なんだか楽しいし、安心する。猫も可愛い。
しかし大学に通わせてもらうために、一人暮らしをしている身。
住処に帰る時がやってくる。
一人の時間もかなり好きだし、家族と過ごすことも良いことばかりではないのだが、
それでもその時がくると、「もう一日だけ伸ばそうかな..」とか思ったりする。しかしきっとこの「もう一日」にはキリがない。一日延長すればもう一日、その次の日も、その次の日も、そのまた次の日も。どれだけ先延ばしたとしても、やっぱり別れは寂しいものであるに違いない。

これでもう完全に満足だ、もう会わなくても大丈夫」となることは、ないのだろう。自分にとってその存在が、その環境が大事であればあるほどに、終わりなどあって欲しいはずがない。

しかし、実際はどうだろう。人間の命には、限りがある。いつかは必ず、自分の大切なもの全てと決別しなければならない時が来る。この世という家に、お別れしなければならない時が来る。いくら集めても満足できず、どれだけ握りしめていてもいつか消えてしまう幸せをいくら掴んでも、人生の終末に、これで悔いなしと、心の底から思えるはずがない。もちろん、そのような幸せが無駄なわけではない。人生のエンジンであり、また尊いものだとも思う。しかし、それだけではダメなのだ。

「これでもう完全に満足だ。」というゴールがあり、金輪際自分から離れてしまうことのない、死などものともしない、絶対的な幸せを求めなければならないのだ。そうでなければ、人生は悲劇以外の結末を持たない。大切なもの全てが消え去ってしまう、これ以上ない最低のバッドエンドしか。

さらに、絶対的な幸せになった時に初めて、この世で大切にしてきたもの全てが、この上ない幸せに辿り着くために必要不可欠なものであったのだという、絶対的で、普遍的で、永遠の意味を持つ。

大切なもの全てが、一つ残らず、悲劇の材料から、最高のハッピーエンドへの伏線に、転じ変わるのだ。

この事実を知ってしまった上は、進むしかない。
いつか家族にも、伝えたい。猫にも。そして全ての人に。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?