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きらきら ぱらぱら ~いのちあるかぎり~

雨あがりの森に光がかえってきました。
木の葉という木の葉はぬれそぼち、しらじらあけの朝日をあびています。
光線のかげんで水銀のしずくのようにも砂金のつぶのようにも見えるきらめきは、ちらばり落ちる水玉です。
水玉の乱舞をお望みならば、気まぐれな風をお待ちなさい。
ふきわたる風になでられた木がくすぐったさに身ぶるいし、あたりにしぶきをふりまきますから。

きらきら ぱらぱら
森のほとりのくぬぎの枝から、はじけ飛んだ水玉がありました。

ああ……

弧をえがいて落ちゆくあいだ、水玉は一心に願いました。

かなうことならもう少し、地上の朝に照らされたい。
暗い大地の奥ふかく吸いとられてしまうまえに……

ぽつり――

あるかなきかの音をたて、とうとう水玉は落ちました。
うけとめたのは、かたい土でも石くれでもなく、つゆ草の花でした。

つゆ草は夜の夢と朝のうつつがまじり合う青い世界から生まれたばかり。
明星のまたたきを感じとり、ひとりぽっちで咲いたのです。
つゆ草はうらみません。
やがて空の高みにのぼる太陽に、そのいのちをささげることになろうとも。
ただそれまで、せいいっぱい咲いていたい。
いのちあるかぎり歌いたい。

そんな水玉とつゆ草との出逢いでした。

つゆ草は、飛びのってきた水玉のうるおいをよろこんでむかえました。
水玉は花びらのやわらかさにほっとして、その青色に染まりました。

朝のほのかな明るさのなか、つゆ草はいのちをうたいます。
水玉はつゆ草の歌を聞いています。
聞きながら、水玉は時のあとさきにちらばるおのれの姿に思いをはせました。
水の姿はさまざまです。
こぬか雨。雪の結晶。さざ波のひとかけら。樹液のしずく……
すべての情景はとけあって、水玉のなかで虹色にうるんでいます。

ふいにその虹のかなたで花がゆれました。
花は朝露をたたえています。
つゆ草は、はっと歌をやめました。
水玉もおどろきにふるえました。

小さな水玉には永遠の時がとじこめられ、あらゆるいのちがうつしだされています。

その花は、すぎし世に咲いたつゆ草のいのち。
朝露は水玉のいのちなのでした。

水玉にもつゆ草にもわかったのです

いのちのあとには、森よりも深い過去がゆらめいている。
いのちのさきには、星よりも遠い未来が輝いている。
そして、いのちはつながっている。
だからまた、めぐりあえた。
いま、ふたたびかさなった。

おなじ思いが水玉とつゆ草の心にやどりました。
しあわせがあふれそうでした。
わかちあいたい――
その思いをどちらからともなくつたえようとした刹那です。
ため息のような風がふきぬけ、つゆ草をゆさぶりました。
水玉もつゆ草も、さだめの時がきたことをさとりました。

さようなら
さようなら

これがふたつのいのちがかわした唯一のことばです。

水玉は、つゆ草の青い花びらから、涙のようにこぼれました。
葉から葉をすべり落ち、そっと土に沁みてゆきました。

ほどなく太陽の指さきがくぬぎの下陰までしのびより、つゆ草はまばゆい光につつまれて、ゆっくりと花のいのちをとじました。

すべては静かな朝のできごとでした。

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