日記


ずっと「筋肉痛じゃないところ」を探して全身の筋肉を散歩している。しまいにはありもしない筋肉へ思いを馳せる、あぁ全身にはもっとたくさんの部分の筋肉があれば良いのに、そしたらそこをどうやって鍛えようか考えることをしたい。ビッグヒデはこの世界からボディビルがなくなったらどうするか問われてこう答えた「またボディビルをはじめる」と。

それはなんて素晴らしい世界線だろう、ノウハウのないところで運動のことはじめ、まだ夏目漱石の猫が運動を馬鹿にしていた時代の、ボディビルは考えるだけで楽しい、轍のないところで身体の無限と有限のはざまで実験し時に失敗しお先真っ暗のなか自己の体と向き合う時間。

筋肉を鍛えるために考えられたトレーニング法やマシーンの数々が人々の筋肉を一元化する、しかしそれは統計の海を超えてなんとか不時着した確実に生存を得てきた方法たちでもある、畏敬もあるし不自由でもある、そういうものかもしれないな。

水風呂水平線の目線の波にたゆたいながら、思考をくゆらせる、食べまくったうどんに納豆に寿司にサバカツにスイーツにりんご一個。

新しい現場におそるおそる踏み入れてやってきた、なんとかなりそうだ、ふぅ。
漫画喫茶に辿り着いて飯をかっ食らってさぁ、何しようかコーヒーはひかえよう、寝不足が灰のように積もっている、思考がほとんどかすんでいる、なんで文章を書こうと思ったんだ、道中3回ほど人に話しかけられて話していると、なんだか自分がすげえ笑顔なことに気がついた、表情がある、目にすこしだけ光が灯ったような、さいきん体調不良が続いていたからな。

見てくれも気にしてなかった、そのくせ仕事とジムだけは通ってたけど、本も読みたいのに読む間もない、もう11時半かよ、気泡のようにあぶく日々だ、けども子供たちの笑顔の迫力は日々強まる、膨らむ命に感動する。

腹の上でジャンプし顔面に飛び降りてくる、一度あまりにグズるので強制的にだっこしてその場から離れようとしたら頸動脈を思い切り噛まれたことがある、殺気を感じた、命の逞しさに感動した。父を殺して行けという謎の欲望が俺にはあるらしい。

とにかく子供たちには暴れてほしい誰にも止められないほど、まぁみんな気の優しい子たちなんだが、子供たちの爆発に水をそそぐような真似だけは親としてしたくないなとおもう、しかしそのためには父もまた爆発しないとなのだ、そうか俺の爆発、なにか考えてみないといけないな。

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