見出し画像

満足したら → もういい → 次に行く?

きょうもNHK「あさイチ」を見てネタを思いつきました。
結構、あさイチが好きなんですよね。

きょうのゲストはジャーナリストの稲垣えみ子さんでした。
この方は全然、知りませんでした。
SNS を探したら、Instagram はアカウントのみで投稿なし。

SNSに出てこない人の動向って全然わからないですね。僕は1日がSNSで埋め尽くされているから、何でもWeb&SNSで解決しようとしていますね。

SNSやっていない人

SNSやっていない人には2通りあって、

  • ITについて行けない人

  • SNSを越えた概念を持っている人

に分けられると思います。
稲垣えみ子さんは後者のタイプかな?もしかして。

いろいろ参考になったのと、自分の考え方と似ている部分もあったりして共感したりもしました。

稲垣さんの考え方

大きなことや華やかなことや、遠い世界のことに思いを馳せる生活をしていると、例えば年老いたりしてそれらが追い求められなくなったときに、絶望を感じてしまう。
(あるいは、生きる張り合いがなくなってしまう)

というようなことを仰っていましたが、僕はこの辺りはうんうんと頷いてしまいました。

自分の性分が自分を救っている

僕は結構、好奇心が強くて、若いときは経済的にも健康面でも安定していたこともあって、いろんな趣味を持っていました。
振り返ると子供の頃からそうでしたね。

だいたい好きなのは、乗り物系ですね。乗るのが好きなのかな(笑)
あとは通信系ですかね。

この2つの嗜好が重なっているせいか、旅行も好きでした。

でも好奇心旺盛な反面、飽き性だったともいえます。
しばらく何かに夢中になったあと、何事もなかったようにやめてしまうこともよくありました。

飽き性とは?

飽き性というと、あんまり良いイメージがないわけですが、自分のなかではそんな悪いイメージは持っていないのですね。

飽きるっていうことは、納得すること、満足してしまうことなんだと思います。
飽くなき追求をするほど、僕はひつこくないし、バイタリティーもありません。それよりも、他のことに興味ができてしまったら、そっちに早く行きたいと思うほう。(せっかち)

何かを一生懸命やって、自分なりのレベルに到達したら、もうそれで納得がいって満足してしまうのです。
比較的、何にでも感動したり満足するほうだから、そのボーダーラインが低いのだと思います。すぐに満足できちゃう。

満足してやめてしまう例

例えば歌手の山口百恵さんですが、あんなにアイドルで超人気高い人だったのに、芸能界やめたら一切、出てこなくなりましたよね。
同時期の他のアイドルは復活したりしていたのに。

たぶん復活の話は周りからいろいろあったのだと思いますが、それを拒否されていたのだと思います。想像ですが。
歌手生活に満足がいってしまったのではないでしょうか。

僕も、自分の性分としてすぐに満足して飽きてしまうのですが、もし若いときにやっていたことを全て満足せずに追い求めて続けていたら、きっと今の自分は無いだろうと思うのです。

満足して → やめて → 他のことを始める

そのようにしてきたら、今のように経済レベルが低い状態になっても、何かしらの楽しみを見つけて、毎日幸せに暮らせるのではないかと思っています。

経験したことはもういい

バブル期に流行ったようなこと、例えばスキーリゾートに行くとか、ディスコで朝まで踊るとか、かっこいいスポーツカーに乗ることなど。

それらのことは、やったことない人は羨ましいとか思うこともあると思いますが、やった人にとっては別に何でもないことです。
飽きて(満足して)しまったら、別に二度と出来なくてもいいやって思う。
それは思い出の1ページとして置いておける。
そういう面ってあると思います。

お金があったら出来ることは、過去の自分は全部やってしまった。
みたいなところが僕のなかにあるから、経済状況きびしい今のような状態で出来ないことが増えても、あえて夢も見ないし、どうでもいいって思えるようになっているのかもしれません。

仕事も遊びも友達も、全てに恵まれて、
あの頃「自分はこんなに幸せでいいのかなー?」と思ったり、
仕事 → 遊び → 仕事 → 遊び を繰り返して「虚しいな」と思ったりしたことがありました。

どんなに多くのものを周りに身につけていても、虚しいと感じるのです。

思えば今は「虚しい」と感じることがありません。不思議ですね。
まあ、もし自分のなかに過去の華やかな体験がなかったら、もしかしたら虚しいと思うのかもしれないけれど、幸いにも体験があるから納得している、というだけかもしれませんが。

自分の目の前のことで満足できればよい

きょうの稲垣さんの話を聞いて、以上のような考えが巡りました。

世の中や人々のことは大切だけれども、もっと大切なのは、自分と自分の身の回り、身近な人々。
この周辺だけでも幸せな感じにできれば、それで十分、自分は楽しく幸せ感いっぱいに過ごせるのではないかと思うのですね。

それが真の自分の姿だと思うことで、満足感が得られるのだと思います。
これでいいんだと。

次に行く? 行かない?

かつての自分は、満足したら次に行っていましたが、今の自分はどうでしょうね。
満足してやめちゃうということは無いような気もします。
新しい興味が生まれたら、いまのことを出来るだけやめないで維持しつつ、それらをやろうとするんじゃないかなと思います。

やめたことには未練はないけど、やめたことの損失って、あるのですよね。
できることならやめないほうがよいのです。

PS.
仕事のことに言及しませんでしたが、仕事も何度もリセットしてました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?