#2.My Story-人生の価値観が変わった時-
ー5年目ー
前回の続きです。
5年目になり、上の人たちが辞めていき、いつの間にか部署の責任者になっていました。
当時、26歳。
特に役職があるわけではないですが、実質、部署長。
他の部署との交渉、後輩たちの相談に乗ったり、指導をしたり。
指導といっても5年目にできることなんて知れていて。
ただ話を聞くことしかできない自分にイライラして、不甲斐なさを感じて。
元々頭痛持ちなのですが、部署の責任者になってからは頭痛に悩まされる日が続きました。
理事長は相変わらずご健在。
後輩たちを守るために、理事長や事務長を交えて話し合いをすることもありました。
ー6年目ー
そんなこんなで1年がすぎ、責任者としての立ち回りにも慣れてきた頃。
専門職としてスキルアップをしたい。
そんな思いはずっと抱いてはいましたが、今ではない、と言い聞かせながら、過ごしていました。
そんな時、一人暮らしをしている妹が嘔吐下痢で病院に行かなければならず、妹の足として駆り出されました。
当時はコロナ真っ只中。
嘔吐下痢もコロナの症状としてあるということで、PCR検査をして陰性が確認されたら診察をするということになりました。
車の中で待機すること1時間。その間は暇なので、職業病なのか、いろんな病院の概要をインターネットで検索していました。
たまたま検索した病院が求人を出していることに目が留まりました。
そこは働いてみたい機能の病院でした。
その時はそのままスルーしてたのですが、その後もずっと気になっていました。
7年目をこの病院で迎えるのか。専門職としての将来を考えればここで踏み出してみてもいいのでは・・・。でも後輩たちはどうする・・・。
将来のこと、後輩たちのこと、踏み出そうと思っても、なかなか思い切れませんでした。
相談できる人たちに相談した結果。
一歩踏みだす決意を固めました。
そこからトントン拍子で進んでいき、今の病院に内定をいただきました。
職場には言っていなかったので、まずは事務長へ報告。
真顔で「なんでや。」と言われました。
スキルアップをしたいことを説明して納得をしてもらいました。
その後、後輩たちに報告。
不安もありながらも応援をしてくれました。
それから他のスタッフたちにお世話になったお礼も含めて報告をしていきました。
やはり5年半もいるといろんな人が退職を惜しんでくれました。
私は日々の業務で迷惑をかけていないかとか、役に立てていないとか、自分に自信がなかったので、みんなが惜しんでくれることに「役に立てていたこと」「信頼を勝ち取れていたこと」を感じました。
ハードな職場だったけど、築けたものはあったな。
2年目で転職活動をした時。あの時は完璧に”逃げ”の転職活動でした。結局、続けて得るものは大きくあったと思います。
退職当日の朝。
5年半の仕事を振り返っていると、
一番感謝すべきは誰なのか。
という問いが浮かびました。いろんな人のことを思い浮かべる中で、ある人物が確信として浮かびました。
理事長。
理事長がいたおかげで、私自身の心が強くなれたのは間違いありませんでした。頼る人がいないので、自分の力で理事長に立ち向かわなければならない。時には負けることもあったけど、その度になんのための専門職なのかを自分に言い聞かせて立ち向かうことができました。
そのおかげで、権力に立ち向かう勇気と、なんのために仕事をしているのかという根本精神を心に刻み込むことができたと思います。
もし自分が大病院の一スタッフであったとしたら、上長を頼れば、どうにかなっていたでしょう。私の性格上、頼れる人がいれば甘えてしまうので、自分でどうにかしようというのは、なかったでしょう。
ハードな環境だからこそ、心を強くすることができた。
思い返してみれば、最初は「来るとこ、間違えた。辞めよう。」と思っていた自分が、カンファレンスを作って、「どうにか病院を変えようとする自分」へと変わっていました。
野次馬や傍観者から主体者へと変われたのは、ある意味で理事長という存在に縁をしたからかもしれません。
最後に理事長には「理事長。あなたに一番感謝をしています。」と伝えました。それは皮肉でもなんでもなく、率直な本心でした。理事長の反応は素っ気ないものでしたが、私の心は晴れ晴れとしていました。
病院を去る間際、事務長から退職後の事務的な話をしている時に、
「職場を変えようと言うだけの人はいるけど、HASUくんは本当に変えるために行動をしていた。数少ない頼れる人だった。」
と言ってくれました。この職場での信頼は十分に勝ち取れていたんだと実感をしました。
「信頼こそ宝」
まさにその通りだと思います。どれだけお金があっても、どれだけ有名であっても、信頼を築けなければ人生は楽しくないと思います。
ー今いる場所でー
私はどちらかというとすぐに”逃げ”に走る傾向がありました。
前の病院での経験を通して、人生はいろんなことが起こるんだなと感じます。5年目で部署の責任者になるなんて、学生の時に思いもしなかったですし。そもそも理事長みたいな人間がいるなんて思いもしないし。
そんな予期しない困難を乗り越える心の強さを、前の病院で身につけれた気がします。
私は前の病院に入職した当初は、
「社会は汚い」
と思っていました。失望に近いかもしれません。
でも、今は、
「社会は汚い。だけど楽しい。」
と思えるようになりました。
泥臭くていい。今いる場所が泥沼であっても、そこから必ず綺麗な花を咲かすことができるのだから。
これが今の私の現在地です。
前の職場での5年半は私の人生にとって必要な時間であったと、とても思います。人生いろんなことが起こるけど、起こったことに如何に価値を見出していくかが大切なんだと思います。
長くなりましたが、これが私の人生の価値観が変わった時でした。
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