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それは、レイプだ。

性被害やセクハラ、パワハラなどがあった際、決して掛けてはいけない類の言葉があります。「どうして声を上げなかった」「どうして逃げなかった」などです。被害者は決して望んで被害を受けたわけではありませんが、そうならざるを得なかった状況が各人それぞれにあります。無論、怖くて声が出なかったというのもその一つです。
さて、私のこの年齢での学歴獲得(題意に沿うために敢えて大学再進学とは書かない)について、いくつか理由はあります。ひとつには就職超氷河期世代の私が奇跡的に早慶平均程度の就職にありつき、分不相応な年収や世間的にホワイトと言われる待遇を享受しました。他方、伝統的かつ安定的かつ人気職業にありがちな学歴主義も強く、いつも私は明に暗に低学歴であることを揶揄され、居心地の面でもキャリアパスの面でも冷や飯を食わされてきました。

これに対し、私を批判するアカウントの方からは「環境の変更が必要」「そうしたコミュニティとは絶縁する気にはなれなかったのか」などというコメントがつきました。この類のコメントを一般化したものに「セカンドレイプ」という名称があります。
就職超氷河期で私の学歴ではありえない仕事にありつき、平均的なサラリーマンの何倍もの給与をもらい、それでいて労働負荷は平均的サラリーマンほどではないというありがたい限りの待遇を手にしてきました。もちろん氷河期ですから退職すればまともな職にありつける可能性はかなり低く、ニート、フリーター、非正規社員、飛び込み営業、チェーン居酒屋、広義の賭博業などの仕事しかありませんでした。
それでも、学歴を揶揄されること一点の不満をもって退職し、転職をしろと? これはあまりに時代背景や妻帯者(かつ親も貧困者)という現実性を考慮していないのではないでしょうか。

子供の頃、貧困、田舎を転々とする生活で、私はとても恵まれない環境に育ちました。それでも東京在住時は筑駒や開成を狙えるほどの頭脳だけはありました。高校も大学も、とても人に言えやしないところに進んだし、かつ超氷河期のどまんなかに当たりながら、それでも驚異的な筆記試験の能力と、女性の多い環境で育ってきた空気を読む力で、なんとか掴み取った安定した生計を手放せるわけがありません。Z世代と氷河期世代の違いとして、後者は一般に職場に食らいつく傾向にあると言いますが、当然のことです。
苦境の中で、なんとか生涯賃金、死ぬまで一生仕事をしなくても生活できる程度の蓄えができ、当時獲得できなかった大学進学を果たそうと受験をして成功したのに、「どうして退職しなかったんだ」的なセカンドレイプに遭わなくてはならないのでしょうか。
仮にも広義の教育学を志向するのであれば、こうした環境の被害者をどうやったら減らせるか、緩和できるかを考えるべきと考えます。できないのであれば、せめて言及しないという選択は最低限取れるのに、教育環境の被害者に牙を向ける教育者などあってよいのかと、発言者や、発言者を教える指導教員に問いたいところです。

セカンドレイプなコメントを寄せた方の、他の人へのリプライをそのまま引用するならば「ふざけるのも大概にしろよ」ですかね。

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