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⚾︎2話 ロッキーズ入団

小学校4年生。ついに野球を始めることになる。

土曜日の朝。小学生にとって土曜日という日は特別である。おさるのジョージを見ながらママが買ってきたサンドイッチを頬張る。背中にカーテンの隙間から差し込む日差しを受けながら、さて土曜日をどう過ごしてやろうかなぁとニヒルな笑みを浮かべる。土曜日の僕は最強で特別で、お気に入りのマウンテンバイクに乗ってどこへでも行ける気がしていた。

僕はそんな特別な土曜日を少年野球に捧げることになる。

玄関の前で親友のナカジが僕のことを待っている。裸の金属バットを背負い、まだ汚れ一つない黄色いグローブを抱えながら僕を待っている。前の日にバットとグローブは玄関に置いておいた。お母さんが作ってくれた弁当もリュックに入れた。水筒も持った。今日は学校じゃないから、中身はお茶じゃなくてアクエリアスだ。準備は万端なのに、僕は怒られたら嫌だな?とかデッドボール痛そうだな?投げ方が変っ!って笑われたらどうしよう。なんて玄関では解決しようもない事ばかり考えていた。背中に熱を感じる。リュック越しに感じるママの弁当の熱。ママに背中を押されているようで、僕は重い玄関をようやく開けた。ナカジも僕もサラの野球道具がお揃いみたいでなんか小っ恥ずかしい。ついに、今日から僕の野球が始まる。ロッキーズ入団初日の朝である。


前の日の雨でまだ芝生が濡れていた。僕はピカピカに黒く光るミズノのスパイクで濡れた芝生をつま先でなぞる。毎日遊んでいる公園なのに、全然違う場所みたいだ。ホームグラウンドって感じ。運動会の日の校庭にいる感じ。僕は立っているのも不自然なくらい緊張している。ふと、ナカジの方を見た。こっち見てくれ。僕は今何かをしているんだよという事実が欲しい。ナカジと目を合わせて緊張するね。みたいなやりとりをして、この歯の浮く感じを紛らわせたい。頼む。ナカジ。こっち見ててくれ。

ナカジは濡れた芝生を避けて土にドカンと座って、水筒を飲んでいた。ナカジはメンタルが図太い。あっこっちを見た。目をぎょろっと大きく開けてやり過ごされた。

「帽子とって〜〜〜〜!!!!」

突然、合図がかかった。まだ帽子は持っていない僕は申し訳程度に頭を触った。みんな一斉に帽子を取って気をつけをしている。流石のナカジも立ち上がって気をつけをしている。しぃんという音が耳の中だけに響くような静寂。

「おはようございまぁ〜〜〜〜す!!!」

上級生の掛け声に合わせて一斉にみんなが挨拶をした。僕はどうだったであろうか。上手におはようございますと言えていたであろうか。

いかにも監督っぽいおじいさんがこっちに歩いてくる。オレンジの革のグラウンドコートを羽織っている。FIGHTERSって胸に書いてある。このおじいさんファイターズの選手だったのかな。もしかしたら、新庄と知り合いかな。おじいさんのことをみんなは村上代表と呼んでいた。代表…?監督じゃなくてこの人は代表なのか。僕とナカジは、恐る恐る村上代表に挨拶をした。今何年生だとか、誰と友達だとかそういう細かい話は覚えていない。ただ、チームのみんなの中心が僕たちに集まっていたことだけを覚えている。僕たちは村上代表と初めまして的な会話をしている奴らになる事ができた。ついさっきまでは、つま先で芝生をなぞってた変なやつだった。やっと。やっと、新人としての認知をされた気がした。

整列の合図がかかる。この時、この仲間たちと6年間野球をすることになるなんて思っていなかった。

今日から僕は野球少年だ。僕はつま先についた芝生を蹴飛ばした。






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