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尾八重神楽を撮る。(FUJIFILM Leica)

 宮崎県の中央部に位置する西都市は、その面積の多くを山間部が占める市である。その山間部にはいくつかの集落があり、そのなかには今では人の住まなくなった場所もあれば、僅かに人の残る場所もある。

 今回出かけて行った尾八重地区は、西都市の山間部にある集落であるが、今はもう、数えるほどの人しか残っていない。だが、こうして山を下りた人も含め集まってくる日がある。それが神楽だ。

 近年、隣の西米良村と木城町にまたがる米良地域6団体の神楽が、国指定の民俗無形文化財に認定された。ここ、尾八重神楽もその一つとして数えられている。また、今年は前年に行われた国文祭で西都市の神楽が披露されるイベントがあったが、その関わりで高校生も神楽を舞った。脈々と地縁や血縁で続いてきたものが、こうして違う形で繋がっていくのは、中山間地域のありようからしてとても素敵なことだと思う。

 果たしてこれが五十年後にどうなっていくのか、それは分からないが、長い数百年の歴史の中で、今、これを見られることの僥倖を、まずはありがたく受け入れたい。

Leica Mtyp240
この日は3台のカメラ、6本のレンズ、2台のフラッシュを持ち込んだ。

X-T5

スローシャッターでフラッシュを当てるとこんなふうになる。フラッシュは表立って禁止されていないが、オフカメラにするなど、極力直当てにならないようにしている、が、色々ご迷惑をおかけします。


おそらく高校生。とても見事な舞だった。
全景を入れて撮ることを最近忘れがち。天蓋がすごく好き。
好きな一枚。狙って撮れない。


ようやっと露出とシャッタースピードのバランスに慣れてくる。

天蓋のひらひらがスローモーションのように舞う様子はとても美しい。

子どもにカゴを引っ張られ倒れる。
この女の子は、前回行った山の麓の神楽で見事な笛を披露した子だった。毎年、尾八重神楽を見るのが楽しみなのだという。正座が、とても美しい。





タムロン18-300は、暗い中、100mm程度ならピントを合わせてくれるが、それ以上になるとなかなか頑張ってくれない。機種がX-T5、つまり現時点での最上位同等程度だから、これが限界なのかしらん。明るくなってきたのでばんばん望遠域までズームしてみる。面白いくらいに挙動が違う。



天岩戸にお隠れ遊ばされた天照大御神。面を半分にしている由来はなんなのだろうか。戸取りの舞は各所で違っていて面白い。


 神楽にはいつも見る顔の方や、写友さんもいらしていた。特に神戸からやってくる写真家、生田さんの話は、いつ聞いても素人カメラマンにはためになるものばかり。今回ライティングも少し変えていて、なるほどなあ、とため息。この方に会うために尾八重にきている、という側面もあって、あの明るさ、コミュ力は写真を撮るにあたって必要なことだなといつも考えさせられる。

X-pro2

高校生たちもいくつか舞う。一つ覚えるのでも大変だろうに。
ここの装飾がとても好きだ。
あちこちで笑いが聞こえてくる。真夜中を超えると、舞にいろんなバリエーションというか、面白かったり激しかったり、たおやかだったりして見飽きない。
四人神崇
四人剣は見ものだ。
一人剱
なんとなく気に入った写真。


問答。古文には強いほうだと思うが、読むと聞くでは違う。聞き取るのが難しい。
戦隊もののかっこよさがある。
飛ぶタイミングでシャッターを切る。あちこちでフラッシュがたかれる。
でも、こういうシーンもかっこいい。

Pro2にはほぼ常時XF18mmf1.4を着けて撮影。t5が18-300をメインにしていたので、18mmを別に用意する必要はないのだけれど、明るさは正義。とても撮りやすかった。

LeicaMtyp240

気がつくと撮ってしまっている。
ほら貝を吹く。宿神が降りてこられる。
ちょっと下から光当てて、あまりにベタ感ありすぎ。だが嫌いじゃない。


やっぱり撮ってしまう。

 ライカは後半はフラッシュを焚かなかった。やはりレンジファインダーで撮るのは難しい。難しいが楽しい。楽しいがピントが合っているかどうか見えないし、合わせても合わせても、当然動くからピントは合わない。高感度もそんなに強くないカメラなので、必然的に、動きが止まる一瞬を狙うことになる。そうなると、フラッシュを焚かない、という方向にいく…。絞りをある程度絞って、フラッシュありで、勘で撮ってみてもいいかな、と思う。

おわりに

 帰りしなに、ある女性に声をかけられた。昨年中之又という地域の神楽で出会った、尾八重在住の方だ。もとは県外の人であるが、亡き夫に連れられて、夫の故郷に戻ってくることになった。街の暮らしから一転、山奥での暮らしは、当初まだ幼い(3歳くらいだったというから我が家の次男坊と同じ)子供たちが街に帰りたいと泣いたほどだったという。保育園に預けるにも山を下り(片道1時間はかかる)、高校は街中まで連れていき(片道2時間くらいはかかる。)、自分も街中で働き、仕事を終えて山に帰る、そんな暮らしをしていたのだ、と昨年うかがった。そんな暮らしを、僕は想像できない。想像できないが故に、ずっと記憶に残っていて、夫なき今、それでもこの地を離れない生き方をなすっている、その想いとはどんなものか、と、度々考えることがあった。
 一つだけ想像してしまうのは、街中から帰ってきた尾八重の山の静けさだろうか。ただ、静かなだけではない。この日も聞こえてきたが、鹿の鳴き声や、山の木々のざわめき、星々の圧倒的に迫ってくるような近さ。里の暮らしではなかなか感じられないものがそこにあって、里と山とのギャップに、僕ならちょっと参るかもしれない。もちろんテレビだって電話だってある普通の暮らしをしているのだろうけれど。そこから一歩出たら圧倒的に自然に包まれるのだ。それが、ふと、怖い気がしてくるのである。

 数十分お話を聞かせていただいただけなのに、今年、自分を覚えてくだすっていたのがとても嬉しかった。またお会いして、いろんなお話をうかがえたら、と思う。


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