見出し画像

belne『belneのComicWorkShop 総集編』――熱量で語る、熱気で語るマンガ

belne『belneのComicWorkShop 総集編』、新潟コミティア実行委員会、2009を読んだ。

コミティアって何? これはどんな本?

コミティアというイベントがある。主に創作同人誌を持ち寄って売り買いしたり交流したりするイベントで、東京コミティアは年に数回ある。4500サークルくらい参加するのでものすごく規模が大きい。開催されていくうちに、だんだん関西コミティアとか新潟コミティア、九州コミティアのように別な場所でもイベントが営まれるようになった。

そしてこの本は、マンガ家belneさんが新潟コミティアで持ち込みされたマンガを読み、その場で講評を加える――ワークショップの文字起こし版である。なので現地で体験した人だと理解しやすいが、現地に行かなくても紙面から雰囲気が伝わる。どちらかというと、講評される作品をイメージしながらbelneさんの話を聞いていく姿になる。

ちなみにこの講義録、1998年から2008年までの十年分を収録してある。ワークショップ一回が休憩なしで四時間とか五時間ぐらい。休まずに語り続けられるbelneさんのエネルギーはすごい。

中身はおよそ200ページだ

十年分とあって語られる内容も多岐だ。200ページぎっしりでマンガについて語られているので頷ける。マンガ分野では斜線の入れ方から水彩の描き方、表情の描き方が解説されている。少し視線をズラすとマンガを持ち込む心構え(編集さんは読者なので、耳を傾ける。表面的な態度にあまり惑わされないようにする。あまり「うのみ」しすぎない事も大切)の話もある。

マンガ原稿のペースを早めるためのやり方(8ページ下絵を入れたら、ペン入れをして仕上げる、24ページくらいで山場を作って、(一冊本を作って)コミティアで発表する……)もある。繰り返し語られるのは「丁寧に作ることの大切さ」である。絵が上手くなろうと思ったら、丁寧に一コマ描くこと。そうすれば一コマ分上手になる。そして不思議なことに、丁寧な絵は「丁寧に絵を描くぞ!」と意識しなければ描けない。そういう、上達するための技術や方法や、精神についてを手を変え品を変え語ってくれる。

本の後半では実践的なコマ割りの仕方や、基本的な資料の集め方まで描いてある。あと後半、ちらっと「昔編集さんが「作家さんは100のホメ言葉も……1通の悪口でちょー消しにしちゃうんだよねー」と言ってました」とか書いてあって刺さる。ほんとうにぎっちりしている。

温かい話もあるし突き刺さる話もある

マンガを読んで、マンガを描いて、マンガを語る。そのうちにマンガと地続きな、違う世界についても話が及ぶ。項目で見ると「人生は坂道」「作家性とプロになる事」「打たれ強くなる秘訣」もある。色々な話があるので金言もあるし、心にグサッと突き刺さる話も多い。以下に、創作する人間としてグサッと来た話を少し引用したい。読んでいて若干ウワッとなった。

人間28才からは、ただひたすらアーティストとしては坂道を転げ落ちるように下っていきます。どんなに努力してもただ座していて28才を越えてよくなるってことはまずないです。28才がアーティストとしての限界だと思ってください。
28才まではどういう状態かっていうと坂道を登っている状態なので、28才まではただ作品描いているだけで凄いしんどいはずです。作品描くこと自体がすごく苦しい。ただ前進するだけでも坂を上がっている訳ですから、そりゃしんどいでしょう。
ところが、28才ぐらいになって技術が身につくんです。自分が何をやりたいか判るようになる。そのための方法を手に入れるんです。そうすると、道は途端にまっすぐになる。(21ページ)

話を聞いていてわかる気もする。小説分野で例えるなら、若いうちはジャンルや作品の長さ短さにとらわれず、とにかく書くことが難しいのだ。小説自体がわかっていないので、ファンタジーや現代を書いても悩むし、ガンスリンガーの話から学生の話を書いてみたりもする。完結させられない話も出てくる。そのうち、小説について2%くらいわかってきた気になると、書くジャンルが固定されたり、具合のいい長さを編み出したりして、問題を解決した(ように錯覚する)時がある。たぶんそれが28才なのだろう。

しかしこうやって道がまっすぐになるとは、おそらく自分の方向性が見えてしまい「キャラはこの辺でいいだろう」「ストーリーで自分に書けるのはこのラインだな」みたいに、ザーッと流れ作業で作品を作れるようになることでもある(このエリアでも全ボツになる作品はもちろんある)。だがそうやって作り続けていくと、やがて飽きる。方向性が見えるので、その外に行かなくなるし、実力は伸びなくなる。

この奇妙な形の世慣れ現象に対して、belne先生のアンサーはどんなものか?

じゃあ自分ならどうするか。そしたら、無理やりどこまでもどこまでも登るしかないじゃん。道が平らになったら浮くしかない! でなかったら土盛りをして坂道を作ってそれに登る。わたくしはそのように生きております(笑)。(21ページ)

登るのだ。とにかく坂道を作ること。この坂道はチャレンジというか、いままでしなかったことへ挑戦するのだと筆者は解釈した。あえて試行錯誤の時間を増やし、悪戦苦闘に自ら飛び込む。書くジャンルを広げようとしたり、取材対象を広げたり、いままで考えもつかなかったキャラを活かそうとしたり、大長編を作ろうと画策したりと、挑戦の幅は広い。できるかどうかは別な問題になるが……

ボーイズラブ断片

また別のところをめくってみると、ボーイズラブに関する話もある。講評作品がボーイズラブに関するものなので、こんな話になった。

「男が読んでも面白いと思えるボーイズラブを目指した方が絶対いい。男の子のための少女マンガっていうのがこれからのトレンドになっていくので、そうとしたら、ほどなく男の子もボーイズラブを読み始めると思うんだよね。その時に、男の読者が「これならしょうがないね」って思うくらいのストーリーにして欲しい」(102ページ)

「男が読んでも面白いボーイズラブ」というのが衝撃的だった。本棚では文芸書や翻訳でふらふらしてしまうので、あまり考えたことがなかったのだ。しかし、これは百合作品然り、不良作品然りと、ジャンルを局限する作品にはつきものの問題かもしれない。

こんな風に、あれこれ考えたくなる話が満載である。他にも「イラストレーターとしての持ち込み」や「キャラクターの立て方」「編集さんは本質的に「びっくりしたい」生き物なので、ともかく(面白いマンガで)「びっくりさせる」に越したことはありません」などの話もあるが、どれもこれも挙げていたらキリがないので、気になった人は本書を購入してほしい。

自分にチャンスを与える

本書はbelne先生による語りがあり、山があり谷もある。一番気に入った言葉はこれだった。また引用する。

他人がくれるチャンスていうのはなかなか転がっていません。でも自分が自分に与えるチャンスは自分次第なので、どこにでも転がっているんで。私の場合は自分のチャンスはほとんど自前です。小学館がダメならとりあえずやめてみる。やめて何か、イラストの仕事で自分を食わせながら、せっかく仕事がないんだから自分の一番好きなものを描いてみる。それがライフワークを描き出したきっかけです。そこからまた拓けたものもあります。(95ページ)

「自分が自分に与えるチャンスは自分次第」。背中を蹴飛ばしてくれる言葉であり、励ましてくれる言葉でもある。うまく行かない時はよくある。失敗したり、そもそも失敗っぽいオーラに最初から付きまとわれていて、結果として良くなかったケースもある。そういう時に原点に立ち戻る意味で、こういう言葉に再びたどり着けると、うまくいかない時期もシールドを張りながら進んでいけるかもしれない。

本を置く

本書は講義録というか議事録というか、とにかく講評の様子がものすごく詰まった本だった。最初のほうは構成上belne先生のひとり語りみたいになっているが、後半からは持ち込みをした作者との対話も繋がってくる。作者さんはこの場に持ち込んでなにか掴めたかもしれない。横で見ているこっちもなにか掴めたかもしれない。具体的でなくとも、マンガを描いたり、あるいは映画を撮ったり別なことをする時に本書の内容が実用的に浮かぶかもしれない。とにかく込められた熱量がすごい本で、その熱量をいくらかでも感じ取りたいものだ。熱気にあてられたのか文章も3500字くらい書いてしまった。面白かった。

公式通販

ガタケットSHOP(ここから公式通販で買えます):http://gataketshop.jp/

この記事が参加している募集

推薦図書

コンテンツ会議

読書感想文

買ってよかったもの

頂いたサポートは本の購入・取材・他記事サポートに使用します。