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スタッフのコロナ感染と風評被害の嵐!どん底からの復活【04】京都府B病院

この連載は、コロナ専門病棟を開設した10の民間病院の悪戦苦闘を、スタッフの声とともに紹介していくものである。(連載一覧はこちら。

私(西村)が取締役を務める株式会社ユカリアでは、「変革を通じて医療・介護のあるべき姿を実現する」というミッションのもと全国の病院の経営サポートをしている。
コロナ禍では、民間病院としていち早くコロナ専門病棟を開設してきた。

今回は、スタッフの感染に対する厳しい批判を受けながら、徐々に地域の新型コロナ患者を受け入れ、病院の体制を確立していった京都府のB病院を紹介する。

予想以上の風評被害

京都府にあるB病院では、新型コロナの国内での広がりを早くから予測していた。「感染症に強くない病院」という認識もあり、対策を協議し始めた矢先、スタッフの感染が確認された。

「病院がなにやってんだ!」「非国民!」

2020年3月18日、スタッフ1名の感染確認のプレスリリースを発信した直後から、電話が鳴り続け、不安と怒りが、さまざまな言葉でぶつけられる。

人々は未知の感染症に不安を募らせ、敏感になっていた。「病院関係者の感染」への風当たりは想像以上に強かった。

私は「家から出ないで」と言われるような事態になっているのだから、不安になるのもしかたがないか・・・そう思いながら、電話越しの怒りを受け止めていた。公表から2日ほどして、電話は落ち着いた。

地域内で「初めての病院関係者の感染確認」ということもあってか、保健所から予想以上のPCR検査の指示が出た。最初に感染したスタッフは、家庭内感染と判明していたが、関係者52名のPCR検査を実施。陰性確認が取れるまで、5日間の休診を余儀なくされた。

3月23日に診療を再開したが、外来患者の戻りは鈍かった。「陽性者が出た病院」という事実の重さを突き付けられた。このまま医療提供機会の減少が続けば、病院の存続が危ぶまれる。

4月に入って、京都府は病床確保のため、さまざまな病院に打診しており、B病院にも声がかかった。ところが、私や事務長の不在時に「設備と人材の不足を理由に受け入れは断った」という事実が発覚した。

「この情勢で新型コロナに対応しない病院は、地域医療に貢献しない病院とみなされる。それではこの先助けてもらえない」と考えていた私にとって、信じられない判断だった。

「行政も地域住民も望んでいる。B病院でも、コロナ患者の入院受け入れを進める以外、道はない」

私は言い切った。

ちょうど、ユカリアが支援する埼玉県の民間病院でコロナ専門病棟を開設したことも、背中を押した。病院の信頼回復、今後の行政支援の確保、病院存続のため・・・院内の課題は、経営陣の「コロナ専門病床をやる動機」となった。

理事長は5床の受け入れを決め、5月に京都府から認可を受けた。

専門病床の開設、クラスター発生の試練

199床の中小病院からすると、5床の受け入れも相当思い切った決断だった。
専門病床の準備を担うスタッフと一緒に、ゾーニング、マニュアル作りを進めた。
7月末から、軽症〜中等症患者の受け入れが始まった。

院内の感染管理の水準も上がり、外来診療の稼働も回復してきた。私は徐々に病院機能を取り戻す様子を見守っていた。

コロナ専門病床の運用も落ち着き始めていた頃。

11月24日。地域包括ケア病棟で勤務するスタッフの感染が判明した。
すぐに地域包括ケア病棟の新規入院受け入れを停止したが、外来診療、救急、他の病棟の入院受け入れは通常通り行った。

数名の感染を確認したが、12月22日からの地域包括ケア病棟の新規入院受け入れ許可が保健所から下りたことを、12月9日に発表。

ところが2日後の12月11日。リハビリ病棟の患者1名の感染が新たに判明。
保健所の指示で、外来診療、救急、4病棟の新規入院受け入れ業務が停止となった。

その後も、検査を実施するたびに、リハビリ病棟内の患者・スタッフの陽性が次々と判明した。

院内の陽性者が10人を超えたため、患者の転送を依頼した。しかし、地域の陽性患者受け入れ先を調整するコントロールセンターからは「どこも満床のため受け入れ不可」の回答が届いた。

予想外の回答に、驚きを隠せなかった。
近隣の病院の看護部長にも直接問い合わせてみたが、同じように陽性患者の転送ができず院内で対応に当たっていた。近隣病院もすでに満床状態だった。

「自分たちで対応するしかないのか・・・」
専門病床で経験を積んだスタッフがいるB病院でさえ、日々増加する陽性患者と疑似症患者の対応に多少の混乱が生じた。

コロナ専門病棟のない病院で院内クラスターが発生し、同様の対応を迫られているとしたらー。

この地域のコロナ患者の受け入れは、限界を迎えているのかもしれない。
私は、B病院のこの先の役割を思案していた。

新たな決断と、年末の行政との交渉

「12月の業績は、相当厳しい」
幹部会議での報告に、空気は重くなる。

1ヶ月以上、病院はほとんどの機能を停止。5床のコロナ専門病床以上の数の陽性患者に対応をしている状況を見れば、選ぶ道は一つしかなかった。

「クラスターの発生したリハビリ病棟を、コロナ専門病棟にする!」
幹部会議で覚悟を決めた。

地域医療の状況を見ても、我々が専門病棟を開設する意味は絶対にある。クラスターを起こした病院が、果たすべき役割でもあると思っていた。

すぐに、行政へ面談の申し入れをした。

「こちらで作成した病床確保計画がありますから、急に言われましても・・・」
ゆったりとした担当者の声に、一瞬、説明する手を止めた。

「ですが、先日、うちからの転送は断られたんですよ!今も一般病棟で陽性患者の治療をしているんです!」
近隣の病院の状況も伝えた。だが・・・。

「ひとまず今は、計画通り病床確保ができていますので・・・」担当者との面談は、そこで終わった。

行政主導の病床計画があることも理解している。だが、行政が100%、現場のリアルな状況を把握することは、残念ながら無理だ。だからこそ、こうした会談で私のような調整役が、現場の声を伝え続けることが必要なんだ。私は、自身の役割の重要さを理解し、ぐっと気を引き締めた。

行政の対応に疑問はあったものの、必要ないと判断されたのであれば、どうすることもできない。院内クラスターの収束に力を注いだ。

ただ、地域医療限界の不安を拭いきれず、継続的にメールでの交渉を続けた。「後日ご連絡します」の定型文が返ってくるばかりで、年内最後の営業日も行政の回答は変わらなかった。

担当者からの連絡。必要性が認められた!

1月2日、京都府のコロナ病床確保不足のニュースが流れた。
700床確保できていると聞いていたが、実際はかなり不足しており、入院調整が間に合わなかった事実を知った。複雑な気持ちになった。

担当者から連絡があったのは、翌3日。
「メール拝見しました。コロナ病床増床の件で、お話をうかがいたいです!いつこちらに来れますか?」

1月4日に設けられた会議で、B病院は、20床へ増床を提案した。

すぐに了承されるかと思っていたが、「協議して連絡します」と、その場は終わった。
少し肩透かしを食らったような気持ちを抱えながら、庁舎を後にした。

1週間くらいで返事をくれればいいか・・・と思っていた矢先、電話が鳴った。

「計画の20床で、ぜひ開設をお願いします」

B病院が、地域で必要な役割を果たすと理解してもらえたことが嬉しかった。
理事長にも、すぐさま報告を入れた。B病院の真価が問われる日々が始まった。

支援の輪、地域とのつながりに感謝の日々

行政交渉から2週間。
院内クラスターも収束し、スタッフも落ち着きを取り戻した。

1月25日、20床のコロナ専門病棟の運用が始まった。

振り返れば、1年前、院内で1名の感染者が確認されたときには、厳しい声しか聞こえなかった。だが、5床の専門病床の運用で、少しずつ信頼を回復していった。

コロナ専門病棟開設後は、多くの支援が届いた。
地域にゆかりのある方たちのメッセージ動画に、事務長は泣いていた。

スタッフ向けのコーヒーショップが開設され、近所の製菓学校からはお菓子が届いた。有名ラーメン店からはスタッフ全員にどんぶりが提供された。アルコールの噴霧(ふんむ)の機械が不足したときには、近くの酒蔵さんが日本酒で使ったアルコール消毒製品を届けてくださった。

気が抜けない日々が続くスタッフも、支援の物資を受け取るときには、笑顔になれた。
感謝の言葉に、自分たちの役割を、かみしめている。

B病院は、新型コロナの経験を経て、地域との関係が持続的に変化している。
消防隊・救急指定病院らの発熱患者の対応についての会議にも、声がかかった。
クラスターが発生した近隣病院から相談を受け、コロナ専門病棟の開設の仲介をした。

私は、こうした地域医療の連携は、新型コロナの対応に限らず必要になると思っている。

地域内での役割分担が日常からできていれば、有事でも変わらず機能すると確信している
B病院は、地域の新型コロナ対応の中心として、今も奮闘している。

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次回は、B病院のコロナ専門病棟開設に大きく関わったスタッフが登場。インタビューを元にした挑戦と葛藤のリアルな声をお届けします。

<語り手>
西村祥一(にしむら・よしかず)
株式会社ユカリア 取締役 医師
救急科専門医、麻酔科指導医、日本DMAT隊員。千葉大学医学部附属病院医員、横浜市立大学附属病院助教を経て、株式会社キャピタルメディカ(現、ユカリア)入社。2020年3月より取締役就任。
医師や看護師の医療資格保有者からなるチーム「MAT」(Medical Assistance Team)を結成し、医療従事者の視点から病院の経営改善、運用効率化に取り組む。 COVID-19の感染拡大の際には陽性患者受け入れを表明した民間10病院のコロナ病棟開設および運用のコンサルティングを指揮する。
「BBB」(Build Back Better:よりよい社会の再建)をスローガンに掲げ2020年5月より開始した『新型コロナ トータルサポ―ト』サービスでは感染症対策ガイドライン監修責任者を務め、企業やスポーツ団体に向けに感染症対策に関する講習会などを通じて情報発信に力をいれている。

編集協力/コルクラボギルド(文・栗原京子、編集・頼母木俊輔)/イラスト・こしのりょう