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新型コロナと精神科病院の戦い。悪夢の2ヶ月の先に【10】北海道E病院

この連載は、コロナ専門病棟を開設した10の民間病院の悪戦苦闘を、現場スタッフの声とともに紹介していくものである。記事一覧はコチラ

私(西村)が取締役を務める株式会社ユカリアでは、全国の病院の経営サポートをしており、コロナ禍では民間病院のコロナ専門病棟開設に取り組んできた。

今回は、精神科単科病院の中にコロナ専門病棟を開設した、北海道のE病院を紹介する。

新型コロナを持ち込まないことが、唯一の対策

「絶対に院内には持ち込まない」

多くの精神科病院が、新型コロナ感染拡大の波に飲み込まれないよう水際作戦を徹底し、注意を払っていた。

E病院ではアルコール依存症をはじめ、精神疾患患者を専門に支え続けており、外出時のマスクの着用や、手指消毒、感染エリアに近づかないなどルールを決めても、守ることが困難な方もいる。

入院や通院する患者の、すべての行動を制限することは不可能であり、院内の感染対策を施す難しさがわかっていた。

そのような状況においても、国内の感染拡大から約1年は、院内で感染者を出さずに過ぎた。

ところが、1名の入院患者が発熱し陽性を確認後、一般病棟とは異なるスピードで、感染が急拡大。100名を超すクラスターの発生となった。

精神科病院における感染症対策の難しさーという言葉だけでは表しがたい日々。過酷な現場を乗り越え、地域医療を支えるために奮闘した様子を伝えていきたい。

感染を止められない苦しさ

きっかけは、2020年12月21日。
外出から戻った入院患者の発熱だった。すぐに個室に移動し、翌日にPCR検査を実施。

陽性と判明したため、23日に市立病院へ転院。同室の患者と病棟スタッフも検査し、全員の陰性を確認。クラスター発生にはならなかった。

しかし、それから1週間後の12月29日。
入院患者に発熱症状がおこり、検査を実施したところ、患者24名、スタッフ1名の陽性が確認された。すぐに保健所に連絡。陽性者の登録と同時に、保健所の介入が始まった。

陽性患者の転院を依頼したが、当時、市内では感染者の急増が大問題となっており、唯一の砦であった市立病院は、重症者の受け入れさえ困難な状況だった加えて、全国的に精神科病院の感染患者の入院先確保が絶望的な状況で、社会問題にもなっていた。

そのような状況のため、自院ですべての感染者の治療にあたらねばならなかった。

一般病院と比べて、精神科単科病院のスタッフは治療機会が少ない。感染対策をしながらの慣れないコロナ患者の治療は、非常に過酷な状況と言わざるを得なかった。

さらに、E病院ならではの問題が立ちふさがった。

E病院は大部屋が多く、個室が少ないことが問題だった。私もオンラインで状況を聞きながら、ゾーニングの指示を出したが、陽性者の数の多さに、個室での隔離が追いつかない。

また、隔離そのものの難しさもあった。一般病棟であれば、感染者を一つの病棟に集められる。しかし精神科病院では、患者の症状によって病棟を移ること自体が困難な場合がある。急な環境の変化が、症状を悪化させてしまうこともあるため、判断が非常に難しい。

そして、スタッフの不足も問題だった。精神科病棟ではもともと医師・看護師の配置が一般病棟に比べて少ない(一般病棟に比べて医師は3分の1、看護職員は75%でよいとされている)。さらに、スタッフも次々と感染し、患者のケアでギリギリな状態。ゾーニングが思うように進められずにいた。

1月4日に私も現場に入ったが、これまでに経験したクラスター現場とは明らかに状況が違っていた。感染させないように気を配っていても、増え続ける陽性者。

「どうしたら感染拡大を、止められるんだ・・・!」
スタッフの焦りと不安と苛立ちが、現場には入り混じっていた。

病院全体が、内科の疾患、新型コロナの患者に慣れていないのが最大の壁だった。

院長の思いと決断

「苦労をかけたタイミングで申し訳ありませんが、E病院で軽症~中等症患者の受け入れを検討してもらえませんか」(保健所・所長)

「地域に受け皿を増やす必要性は理解していますが、スタッフの疲弊具合を見ると、すぐには決断できません」(E病院・院長)

クラスターの収束が見え始めたころ、保健所所長が来院して、E病院にコロナ専門病棟の検討を伝えた際のやり取りだ。

院長は「すぐには判断できない」と答えるにとどめたが、院内で地域医療が直面する課題、コロナ専門病棟開設の是非について、何度も議論がなされた。

精神科病院でのコロナ専門病棟の開設は、非常に高いハードルであることは明らかだった。
私は、コロナ専門病棟を開設したパートナー病院の事例を紹介し、精緻な運用マニュアルを導入すれば、E病院も専門病棟開設は不可能ではない、と伝えた。

当初、事務長、看護部長は「あのような負担を再びスタッフにはかけられない」と、反対した。だが、「スタッフを守りたい」「地域医療に貢献したい」という思いが交錯する様子が、言葉の端々に感じられた。

クラスターを経験した病院は、「またあの悪夢が・・・」とトラウマになることもあった。

だが、クラスターのように感染人数が読めない状況とは異なり、受け入れは計画的に行われること。患者は軽症~中等症で、自宅療養やホテル療養で対応できるくらいの症状であることを伝えながら、運用への不安を解消していった。

「私は、スタッフと地域医療を守りたい。コロナ専門病棟を開設しましょう」

迷いの消えた院長の一声が、これからE病院が「進む道」を示した。

重く辛い2ヶ月を超えて

E病院特有の問題は、「部屋を出ないでください」「感染した人と接しないでください」「マスクをしてください」といった指示が、守られにくいことだった。院内の行動を制限できず、感染が急拡大していった。

クラスターが発生したシミュレーションでも、ある程度の広がりは予想していた。しかし、現実は予想をはるかに超える速さで広がった。全病棟でゾーニングが必要となり、ピーク時の感染者は130名。クラスター収束まで、2ヶ月かかった。

あまりに重く辛い2ヶ月だった。

しかし、E病院は病院と地域にとって、「最善の道」を考え決断し、「これから」を視野に入れることに心をくだいた。(患者を守るために走り続けたスタッフの様子は、次回詳しくお伝えします。)

精神科単科病院のこれからを示す

院長から全スタッフに、ビデオメッセージで、コロナ専門病棟の開設の意志が伝えられた。
E病院は院長へのスタッフの信頼がとても厚い。院長の決意にスタッフは、再び前を向き始めた。

市からは、「クラスタ―発生時に医療体制が整わず、大きな負担を背負わせてしまった」と、ねぎらいと感謝が届いた。
また、コロナ専門病棟の運営には、できる限りの支援をする意向が伝えられた。医療資材の確保など、市の協力は非常に心強かった。

あうんの呼吸で物事が決まっていく行政との交渉に、私は感動した。市の要請に応える形で始まった専門病棟ではあったが、E病院の状況を理解した対応は本当にありがたかった。

精神科単科病院がコロナ専門病棟を開設した例は、少ない。全国的に精神疾患のあるコロナ患者の行き場のなさがニュースになる中、E病院がモデルケースになればという期待もある。

精神疾患に限らず、認知症など行動制限が難しい患者の受け入れにも力を発揮している。E病院が運営するコロナ専門病棟だからこそ担える役割を、強く感じている。

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次回は、嵐のような2ヶ月間を走り続けたスタッフの声、現場の様子をお届けします。

<語り手>
西村祥一(にしむら・よしかず)
株式会社ユカリア 取締役 医師
救急科専門医、麻酔科指導医、日本DMAT隊員。千葉大学医学部附属病院医員、横浜市立大学附属病院助教を経て、株式会社キャピタルメディカ(現、ユカリア)入社。2020年3月より取締役就任。
医師や看護師の医療資格保有者からなるチーム「MAT」(Medical Assistance Team)を結成し、医療従事者の視点から病院の経営改善、運用効率化に取り組む。 COVID-19の感染拡大の際には陽性患者受け入れを表明した民間10病院のコロナ病棟開設および運用のコンサルティングを指揮する。
「BBB」(Build Back Better:よりよい社会の再建)をスローガンに掲げ2020年5月より開始した『新型コロナ トータルサポ―ト』サービスでは感染症対策ガイドライン監修責任者を務め、企業やスポーツ団体に向けに感染症対策に関する講習会などを通じて情報発信に力をいれている。

編集協力/コルクラボギルド(文・栗原京子、編集・頼母木俊輔)/イラスト・こしのりょう