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欧州:脱炭素と欧州連合

欧州では既に、2050年目標と2030年目標が合意済だが、今度は2040年目標を策定する算段との事。今年で任期を迎える現行欧州委員会が、次期体制へのレガシーとして、一案を2月6日に公表予定する見通し。本記事では欧州の気候変動目標についてまとめた。

記事要約

  • 欧州は既に、2050年目標(ネットゼロ)&2030年目標(90年比で-55%)は法制化済。各種施策はEUグリーンディールやfit for 55に盛り込み済。

  • 2040年目標は-90%というのが欧州委員会の考えだが、環境団体は不満。業界は産業空洞化(EU域外移転)を懸念。

  • 足元を見ると、2030年目標も未達見込み。今まで以上の政策強化が不可欠だが、low hanging fruitsは刈り取り済み。すべては欧州選挙の結果次第か。




1.これまでの経緯

欧州連合(EU)の現行気候変動目標は、下記の通り:

  • 2050年目標: 温室効果ガスの排出を実質ゼロ化ネット・ゼロ、気候中立、脱カーボン等色々な言葉が使われる)

  • 2030年目標: 1990年の水準と比較して温室効果ガスの排出を55%削減

いずれの目標も紆余曲折を経て、最終的には2021年に採択された欧州気候法によって、単なる政策目標から法的拘束力を持つ目標として格上げ。そしてこの欧州気候法に、2040年目標の検討を開始するよう記載されている。

どうやって達成するの?に関してはEUグリーンディールFit for 55なるものがある。

  • EUグリーンディール(2019): 2050年目標に向けて、全力で頑張ろうという政策方針&戦略(気候変動から各種業界政策、資金調達、構成メカニズム迄)

欧州グリーンディール政策の概要
出典:ベルギー経産省
欧州Fit for 55概要
出典:Climate Talk

2.2040年目標を巡る議論

昨年下半期、オランダ総選挙を睨んで辞任したフランツ・ティマーマン欧州委員会執行副委員長に代わり、新たに気候変動対策欧州委員に就任したウォプケ・フックストラ氏。2040年目標として、90%の削減(1990年比)を念頭に置いている模様。これは、昨年6月に欧州気候変動化学諮問委員会が発出した報告書/助言に沿った内容。

①環境団体の主張

これに対して環境団体は野心が足らないとのこと。Carbon Market WatchやWWF等の環境団体は、2040年までにネットゼロを達成すべしとの立場。併せて2030年目標も、65%に引き上げるべきと主張。これには、欧州議会の環境委員会委員長パスカル・カンファン(Pascal Canfin、新興リベラル政党Renew Europe)氏も同意見で、ネットゼロ目標の前倒しを主張。

なお、環境団体が主張するこれら目標値は、森林や自然保護などを通じて達成される炭素除去起源の排出削減を抜いた目標値である。これら炭素除去活動については別途目標値を設定せよとのこと。

②産業界の主張

EUの気候変動目標設定自体は支持。しかし、欧州域外産業との競争を加味した政策目標とすべきと警告。

欧州鉄鋼協会ユーロファー(Eurofer)は、EU社会全体の90%という主要目標には、鉄鋼などのエネルギー集約型産業のほぼ完全な脱炭素化が伴うと主張。そのためには、欧州並みの気候変動対策を行っていない地域を拠点とする企業との競争条件の考慮、域内でのクリーンエネルギーの潤沢な供給&低価格によるアクセス確保が必須。鉄鋼産業だけでも「ドイツの現在の電力消費量と同等の電力が必要となる」。

欧州化学工業評議会 (CEFIC) も、低炭素かつ再生可能なエネルギー供給と、低炭素化投資のための資金調達が必須とのこと。特に、エネルギー価格の高騰、炭素コストの上昇、政府からの財政支援の欠如を懸念。そうなった場合、ケミカル関連会社は生産コストを抑えられるEU域外に工場移転を迫られるとしている。

今後の予定

以下で物事が進むとのこと

  • 1月16日:ベルギーEU議長国の下で、非公式環境理事会開催

  • 2月6日:欧州委員会が提案を提出

  • 3月25日:環境審議会で正式な意見交換実施

  • 6月27-28日EU諸国首脳会議/サミットで24-29年戦略アジェンダ議論(気候変動目標込み)

(概要の元ネタ出典:Euractive)

3.オピニオン

どこまでも前のめりなだなあ、というのが第一印象。

欧州は実は2021年時点で、1990年比で-30%のCO2排出削減を達成している。2023 年 3 月に提出されたEU加盟各国の予測を総合すると、現在実施中の政策措置を着実に実施することで、2030 年までに 1990 年比で43% 削減見込み、計画済み未実施の措置を考慮に入れると 48% に達する予定。2030年目標(-55%)到達のためには、建築部門、運輸部門、農業部門での対策強化が不可欠とのこと。

欧州におけるCO2排出削減
出典:European Environment Agency

結局、2040年目標がどんな値になろうが、政策強化が必須なのは変わらない。そのためには、欧州域内産業競争力をどうするかという問題に真剣に取り組む必要がある。いろんな政策ペーパーを見ると、政策強化=グリーン産業イノベーション&雇用につながるという言葉が、常套台詞のようにあちこちにちりばめられているが、具体的な支援策が必要。

そして、建築部門、運輸部門、農業部門での対策強化というが、雑巾はもうかなり絞られている印象。これ以上の政策強化は、国民の理解と覚悟、そして政府側による潤沢かつアクセスしやすい支援の仕組みづくりが必須。

例えば自動車に関して言えば、2035年迄に新車EV転換は折り込み済。これ以降の対策というと、EV転換前倒しか中古車販売禁止等が頭に浮かぶが、しっかりした補助金などをばらまかない限りはさすがに欧州民もついてこない。一例はベルギー・ワロン地方におけるガソリン・ディーゼル車両禁止令(2030年完全禁止に向け段階的禁止)。2023年から一部の車両を対象に実施開始予定だったが、2年後ろ倒しが決定

建物部門についても、EUレベルで建物物のエネルギー効率を規制する指令(EPBD)が制定済み。その後Fit for 55下での法改定を経て、2030年迄に全て新築建造物のゼロ・エミッション化及び既存建築物に対する段階的改善を盛り込むことに。このEPBD最新版にも記載されている化石燃料ボイラーの段階的廃止をドイツ政府が先駆けて導入(2024年からガス&石油ボイラー販売禁止案)しようとしたところ、国民からの反発を受け、ショルツ連立政権は大幅に支持率を下げ、極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の人気に拍車をかける結果に。

気候変動問題はエネルギー問題であり、クリーン・エネルギーへの抜本的転換(Energy Transition)は、テクノロジーではなく、政治的な問題。目標値にしても、再エネにしても、EV転換にしても、手厚くきめ細かい支援、積極的な巻き込み、粘り強い説得を通じて、いかに国民の理解を得るか次第。それなくして人々に過度の痛みを強要する政策を推し進めるのは、強者のエゴでしかないというのが当方の私見。


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