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新たな土地で、土を耕し、種を蒔く

 「わたしは○○に勤めていて、将来○○を目指しています」


よくある自己紹介だ。それは社会的ステータスを表すものであり、個より集団で得られた知識を元に、自己実現を達成することが社会的によきとなるからだろう。

今の社会システムは、わたしたちが生まれた時から存在するので、多くの人はその仕組み自体が間違っているということには気付かない。

仕組みを変えることも難しい。問題解決は仕組みを前提にしていて、そこから疑い出すとキリがないからだ。

わたしも恐らく多くのことに気付いていない。毎朝会社に行って、顧客の喜ぶ顔を想像して自分の役目を果たさなければいけないと思っている。


 しかし、それは後付けではないだろうか? 社会に出て貢献しなければならないし、体裁上 正社員を求める。

責任の度合いが正社員と他では異なるので、正社員でなければ結婚の相手として見れないという意見の人もいた。

もちろん、みんな持ち家や、車のローン、子供の学費を稼ぐために辞められない = 将来への負債を背負っているということ。

会社も他の動向を見て給与バランスの調整を取っていて、生かさず殺さずを続ける。

もし、それがなく、資産的に余裕があったとしても、旦那が会社を辞めると言ったら、大半の嫁は止めるだろう。

そう、簡単には抜け出せない状況に、殆どの人が陥っていているのだ。


 例えば、会社が給与を十分に与えたとする。資産運用もしているし、将来の不安もそれ程ないという状況で、次々に降りかかってくる仕事を定年までストレスを感じながら続いていくのは、長過ぎやしないだろうか。

お金のためと割り切ればいい、会社に行けばお金はもらえるんだから我慢すればいい、むしろ仕事を頑張らなければいいという意見もある。

そういった意見の人は、どこかで区切りをつけて会社を辞めればいいという考えもあるだろう。いつ区切りをつけれるのだろうか。


 昨今、コロナなどの影響で社員旅行や飲み会などのイベントを行っている会社は稀になってきた。

もちろん、会社は友達を作る場所ではないし、煩わしいイベントがなくなって、よかったという人も多いだろう。

コロナが収束しても、イベントは復活しないかもしれない。会社側としたら、無駄を削ぎ落して社員に還元するという名目にもなった。


 2ヶ月前にnoteをはじめた。会社員であるが、色んな種を蒔いている。

「場をつくる」「創作する」「修理する」未来のためと信じて



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