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雪解けの大地が映し出す「心」のほぐれ③

雪解けが進みはじめる、4月の北の大地。
この地に足を踏み入れるのは、前職の出張以来となる6年ぶりだった。
今年の札幌は記録的積雪で、道や線路の脇に名残と、風の冷たさが頬に触れる。
もうすぐ芽吹き始めるだろう木々たちを眺めながら、旅の目的地まで心が先へ先へと急いでいるを感じる。

待ち受けていたのは、期待を遥かに超える、気づきと変容だった。

1話2話は、リンクからどうぞ。

8.透明人間

天気予報では、2日目以降は暖かいと聞いていた。
起きた瞬間から、アルコールが体内を巡る感覚が伝わってきた。

時刻は朝4:00。なんと服のまま寝ていた。
飲み歩きの帰りに、電池が切れて、洋服のままベッドへダイブ。
妊娠してから味わっていない、妙な懐かしさ。

酒臭い。 起きるには早い。着替えて、二度寝。

再び、7時に起きてホテルの温泉で、酔い醒ましだ。
絶不調の中、準備を済ませ、ラフな格好で外に出る。

「寒っ」

陽だまりこそ暖かいものの、北風が身体に刺すような冷たさを運んでくる。
ストールを取り出そうとゴソゴソとリュックを漁る。
どうやら、どこかの店舗に忘れたらしい。よっぽど、楽しかったのだろう。

酔い覚まし、風に当たるくらいがちょうど良いだろうと待ち合わせ場所に急ぐ。

お互いに顔を合わせると、大丈夫?と気遣い合う。
年甲斐もなくはしゃいだのは私だけではなかった。
4人中3人が二日酔い。類は友を呼ぶ。

タクシーの中では、唯一、元気に朝から散歩をしていた「あきぽん」が悶々とした心の中を吐露する。

「感性ってなに?考えるほど思考に入って分からなくなる。」

この問いは・・・

2年前にタイムスリップした感覚だった。


2020年4月、私は全く同じことを考えていた。

論理や思考の世界。知的好奇心を満たすことに、ブレインキャンディに溺れていたある日。
育休からの復職のことで会社と行き違う、自分史の事件が起こった。
久しぶりに自分のことで号泣した。
認められない感覚、理解されない感覚、透明人間のように無視された感覚。
今、思い出しても、心が痛い。
社会の「お母さん像」という固定概念と戦っていた。
アンコンシャスバイアス、この言葉、そして憤りが起業のモチベーションになった。

退職することを決めたのは、未曾有のウイルスが蔓延する2020年春だった。

モチベーションは高いけど、何をしよう。
何なら出来るのか?
何を成し遂げたいか?
何を求められるか?

そんなことを日々考えていたある日。
目の前のコーヒーを、味わっていない自分を眺める。

あれ?目の前のコーヒーに向き合ってない。
コーヒーを主軸にした事業を考えている、この瞬間、コーヒーと向き合っていなかったのだ。

幸せって何だっけ?
味わうって何?マインドフル?

理性と感性がアンバランス。
完全に迷子になっていた。外に正解を求める問いにばかり目を向けて、自分への問いは頭から抜けていた。

自分の見る世界に、自分が存在していない。

透明人間のように接していたのは、相手ではなく、会社でも社会でもなく、私自身だったのだ。

それから、「アート」や「感性」とつくものには飛び込んで行った。
私なりに模索し続けた2年間。
ようやく、自分の中で感性とは何かがうっすら見えてきたタイミングに来た、今回の誘い。

ホースコーチングは、感性をひらくカギになると確信していたのかもしれない。


タクシーの問いに対して、

運動する時は?
音楽を奏でる時は?
子どもと接する時は?

色んなシーンをみんなで出し合っていく。

「子どもが泣きわめいて、何も出来ないなぁってときは近いかもしれない。」

問いを出してくれた、あきぽんが答える。
それ以外、運動してる時も、お風呂に入る時も、常にブレインキャンディ状態らしい。

うん、分かる。

タクシーの揺れに内蔵をパンチされながら、彼女の話に相槌を打つ。
真剣に聞きたい心と裏腹に、満身創痍で集中できない。そんな葛藤を抱えていたら、ピリカの丘牧場に到着した。

クラブハウスに入ると、落ち着く。
建物の香りや空気が、そしてそこに居るホストも、私たちを両手広げて迎えてくれる安心感。

この空間に身を委ね、頭をぼーっとさせながら、2日目のチェックインに入る。二日酔いも、悪いことばかりではない。

初日のチェックアウトで感想をシェアした時、馬への恐れの話が共通していた。

まだ私たちは、馬に対して懐疑的な捉え方をしている。そうAmiiさんは感じたのだろう。
馬の本来持つ特性を教えてくれた。

驚くべきなかれ、初日は馬について一切説明なく始まるのだ。初めて馬について頭で理解し始める。
先入観持たずに、まず体感せよ!ということなのだろう。

理解が進んだところで、いよいよ馬と向き合う。

ホームのようなクラブハウス

9.触れ合い

「まずは、餌をあげてみて。そして、好きにブラッシングしてみて。説明は一切なし!」

出た、スパルタ。
正確には、答え探しをしようとする私たちを見抜いた上での、Amiiさんの愛だ。

答えは馬の中にしかない。
気持ち良いのか悪いのか、人間が主観で伝えるのではない。それは、ただの主観の押しつけだ。
あくまで馬の反応を観察して、それぞれが事実から考察を深めるのだ。

何気ないやり取りで、ゴールや正解を探そうとする自分たちに気が付く。

「シッポを振るってどういうことですか?」

答えてもらえないことを承知で、ついついAmiiさんを頼る。
この問いに、最後まで執着していた「れいちゃん」は、最終日の旅立つ直前までAmiiさんに詰め寄っていた。

「教えてもらえなければググりまーす!」

と、愛らしく言うのも彼女らしい。
このやりとりは、小学生っぽいなあと微笑む。

ブラッシングをすると、ささやかながらに馬が反応する。
耳や目、皮膚のピクピク、尻尾、足踏み、寄りかかってくる重み、何のメッセージだろうか。
同じ馬にブラッシングをするパートナーと、推測しながら意見を交わらせる。

このひと時は、かけがえのないものだった。
自然と、恐れは消え、愛おしさが芽生えてくる。
触れ合うこと、肌をあてることがこんなにスキンシップになるとは。

赤子を抱く時のような、オキシトシンたっぷりの感覚が心地良い。

「次は、馬に身を委ねてみましょう!」

Amiiさんから、次のチャレンジを告げられる。
馬と人間の信頼を映し出すように、人間の心の動きに、馬はビビットに反応する。

リラックスできない、と初日に嘆いていたことが嘘のように、ゆったりとした時間、馬と私が空気の中に溶け込んでいく。

「頼ってもいいんだね。」

そう、心で呟いた。
リラックスできないのは、緊張状態に置くことで、いつでもリアクションできるようにしているからだ。
いつも危険に備えるスタンスは、何から身を守っているのだろう。

心が少しずつ、解れていくようだった。

委ねてみた

10.超せっかち

「馬場に入って、次のアクティビティします。最初にやりたい人!?」

毎回のワークの時、ほかの誰かの様子見をしてからトライする。
先陣を切ったことはなかった。

ここは、ファーストペンギンになってみよう。
意気込んで手を挙げる。

いつもの自分では考えられない行動に、少し緊張感が走る。いつもと違う、を選ぶことは不安と期待と恐れとたくさんの感情が入り交じって忙しい。

私のペースで、アクティビティに取り組む。

子どもの頃に遊んでいた感覚が蘇ってくる。
馬への恐れが無くなったから、楽しい!
あっという間に、終わってしまった。

次の仲間がアクティビティに取り組む。
全く違うスタンスに、最初から驚く。
客観的に見えた事実を相手にフィードバックするため、ほかのメンバーのターンでも忙しい。

2人終わったところで、フィードバックし合う。

「えすみんは、これまで見てきた中で、ベスト3に入るスピードでした。」

Amiiさんからのフィードバックに、固まる。
続けて、主観として映った光景を語る。

「えすみんが、馬場に入った瞬間から、馬はずっと落ち着いていないように見えた。馬が発する細かいメッセージは、無視する感じに見えた。大きいメッセージは受け取っていたけどね。馬もそれを理解して、大きく動こうと頑張っていたよね。」

グサッとくる。
お見事、その通り。

普段では絶対やらないファーストペンギンをして、落ち着きがない私の心をキャッチしていたのだ。

そして、私はその前に馬への恐れを取り払ったから、一気に物事を進めていた。
相手の気持ちよりも、自分の高鳴る感情を優先して。

「超せっかち、最短思考がまた出てきましたね。」

アクティビティのゴールに向けて、またもや最速でやり遂げようとしていたことを、素直に認めた。
意識しないと、すぐに暴走してしまう。

最近の仕事のシーンがフラッシュバックする。

つい先日、システム導入のキックオフミーティングを開催した時のこと。
アイスブレイクなしに、自己紹介もなしに、本題をガンガン進めて行く私。
パートナーに、止めてもらったことを思い出す。

ひゃー恥ずかしい。
あの時と全く同じことが馬場で起こっていた。
馬は不安なのに、無視してガンガン進めて、こちらのペースに巻き込む。最短で上手く終えられた、と満足しているのは私だけ。

・超せっかち
・目的思考(ゴール思考)
・最短思考

ニョキニョキと現れる特性は、意識的に制御しなければ暴走してしまう。
フィードバックを笑顔で受け取るが、心境は複雑だ。
歴代トップ3とは、有難いやら、恥ずかしいやら。

これで、午前中のアクティビティは終わり。

「目的思考、最短思考、やっぱりまた出てきちゃった。」

落ち込みながら、クラブハウスに戻る。

アクティビティの一幕


用意されていたのは "やぎや" と書かれたお弁当。
斬新な名前に、ヤギ肉か、と身構える。
好き嫌いはない方がだが、ヤギはミルクもチーズも苦手だ。

開けると、フワッと燻製の香りが広がる。
スモークサーモンのベーグルサンドウィッチだった。
ほっと胸を撫でおろす。

「やぎや」のお弁当

「小別沢のものを食べて欲しくて、やぎやさんは、野菜や麦も自家栽培なの。」

その言葉に、食材への感謝の想いや、食べることへの喜びが一層増してくる。
これをチョイスした、ホストのおもてなしにも。

二日酔いで食欲はわかない、と思いながら口に運ぶと、優しいパンの甘みと香ばしさに、震える。

麦から栽培と聞いたからには、ゆっくりしっかり味わい尽くそうと目を閉じ、口の中に広がってくる香りや味に集中する。

途端に、胃腸が動き出したのが分かった。
これなら食べていいよ、と言わんばかりに。

スモークサーモンも自家製だそう。添えてあった卵を食べると、ここでも驚き。
白身の器に、黄身とピクルスを和えたようなタルタルが詰まっていた。ひと手間加えた、愛情をたっぷりと受け取る。

午前中落ち込んでいたことなんて忘れて、マインドフルなランチタイムが過ぎていく。
みなが、思い思いに、無音の時間を楽しんでいた。

次回に続く。


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