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【映画感想文】ソフト / クワイエット

『ファニーゲーム』や『ミスト』などいわゆる胸糞映画と言われるジャンルがあって、僕は割と(というか結構)好きなんですけど、胸糞過ぎて観ている最中に吐き気を憶えたのはこれが初めてかもしれません。ワンカット92分の人怖胸糞地獄巡り映画『ソフト / クワイエット』の感想です。

制作が『パージ』とか『パラノーマル・アクティビティ』とか『ゲット・アウト』のブラムハウスなので、それなりにホラーというか、そういう不気味な映画なんだろうなとは思っていたんです。けど、それらとは全く別種の気持ち悪さで。人間のエゴとか身勝手さとか驕りなど、ありとあらゆる嫌な部分をてんこ盛りにして、それを"人種差別"として表してると言いますか。見せたいのは"人間の愚かさ"なんですけど、その「人間てなんて愚か」というのを見せるのに"差別意識"っていうのがとても相性がいいという。(なんの根拠もない)私の方が人として優れているのにあいつの方が認められてるなんてゆるせない。や、(思考停止で突っ走る間違った)正義という名の暴力とか。こうやって書いてると身近でもSNSなんかでよく見る事象ですけど(例えば人種差別でなくても職場や友人関係のコミュニティなんかでも)、それを最大限行き着くところまで行かせるとどうなるかっていうのがこの映画なんですね。

まぁ、とはいえ、こういう思想を持った人がいたとして(というか実際いるんですが。で、その"実際いる"っていうのが映画を観終わったあとに振り返って最も怖いところなんですけど。)、ここまで直接的に最悪の事態にまでは行かないじゃないですか(人間はいくらなんでもここまでバカじゃないと思いたい。)。だから、これはホラーだと思うんです。ホラーっていうフィクションの中に現実が紛れ込んでいるジャンル映画だと。例えば、こういう思想とか集団心理のヤバさを思考停止した"彷徨う死体"として描いたのが『ゾンビ』だと思うんですね(『ゾンビ』には人種問題のメタファーも入ってますしね。)。『ソフト / クワイエット』がやってるのは、メタファーなしの『ゾンビ』映画と言いますか。エグ過ぎてオブラートなしでは語れなかったことをそのままやってるわけなんです(だから、「結局、一番怖いのは人間だった」の最上級のやつですよね。これ。)。

で、それをどうやって見せようかってなったときに、ワンカットでやろうって監督か誰かが思いついたと思うんですけど、これがまた最悪の効果を紡ぎ出しててですね。えー、ワンカットということは編集しないで物事が繋がって行くわけなんで、そこで起こったこと全部をその場にいる人たちと同じ様に全て見ることになるわけですよね。つまり、都合よく物事が解決したり時間が飛んだりしてくれないわけです。だから、なんて言いますか、何だかよく分からないで来ちゃったけどヤバイ会合に参加しちゃったな~感(あの「あー、もう帰りたいなぁ…」っていう嫌な感じ)にずっと苛まれることになるわけなんです(ハーケンクロイツ切りされた手作りパイが登場したところで「え、ちょっと待って…」てなるんですが、そのまま会合は進んで行くので「待て待て待て待て」って思いながら地獄の暴走を見届けることになるんです。主人公のエミリーがはにかみながらナチスの敬礼のまねごとするくだりとかヤバかったですよね)。つまり、ゾンビ映画で言えば、襲われる方ではなく襲う方に感情移入というか、そっち視点で物事が進んでしまうソワソワした怖さがあるんです。

で、まぁ、エミリーが普段は保育士として働いてるとか、犯罪歴のあるレスリーがことが進行していくごとにイニシアチブを取り出すところとか、それまで意気揚々としていたキムがヤバイことになったと思った途端に子供のこと持ち出すのとか(個人的にはこのキムに最もイライラしました。子供かわいいって言うならちゃんと考えて行動しろよと。)、胸糞ポイントむちゃくちゃあるんです(ていうか、このご時世で差別する方が白人女性だけっていうのも当の白人女性からしたらたまったもんじゃないなとは思います。まぁ、なので、この辺のステレオタイプな描き方もフィクションですよ~、ファンタジーですよ~っていう目配せなのかなと思ったんですが、公式HPの監督のコメント読んだらそうでもないなと。監督はブラジルとアメリカの二つの国籍を持つ女性のベス・デ・アラウージョ監督なので、たぶんに実体験からというのがそうとうありそうです。)が、僕が映画を観てる間で一番怖かったのは、ひとつ開けた隣の席のおっさんが、劇中の最も犯罪的なシーン。その最悪の結果が出てしまうくだりのシーンでくすくす笑っていたんですよ。恐らくおっさんはいくら何でもこんなことにはならんだろうって気持ちで、ブラックジョークを見るような気分で観てたんじゃないかなと思うんです(その証拠に、ことが遂行されてしまったら驚いたようにピタッと笑い声が止んだんです。)が、そこが正しくジョークの様にノリでやって来たことが最悪の結果に行きつく場面だったので、おっさん、それだよ、それ!その考え方が最悪の事態を招くんだよって思って(そして、それと同時に自分にもこの感覚はあるなって自覚してしまって)むっちゃ怖くなりました。ということで、最悪胸糞映画で乗ったら降りれない地獄のドライブホラーですが、そういうの好きという方は是非どうぞ(いや、しかし、精神的にそうとうきつかったんじゃないかと思いますけど、こういう役を臨場感を持ってやれるってほんと俳優さんて凄いなと思いました。)。


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