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1917 命をかけた伝令

『アメリカン・ビューティー』、『007 スペクター』などのサム・メンデス監督が全編ワンカット風(ほんとは長くて9分くらいの長回しらしいです。)で撮りきった第一次世界大戦中の西部戦線を舞台にした戦争アクション映画『1917 命をかけた伝令』の感想です。

えー、アカデミーでの『パラサイト』フィーバーとその後来た『ミッドサマー』フィーバーに完全に割食った感じになっている『1917』ですが、それで作品の質が変わるわけでもなし、観たら普通に(というか結構最高に)面白いです。逆にアカデミー賞獲らなかった分、あの『パラサイト』を抑えてって感じのお題目がつかなったのは良かったかもしれないです。なぜなら、ストーリーがどうとかテーマがどうとかというよりも単純に映画的快感に満ち溢れた作品なんですよね。スコフィールドとブレイクというふたりの若い兵士が、1600人の味方の命に関わる攻撃中止命令を、危険な前線をくぐり抜けて伝えに行くという単純に話はそれだけで、明日の朝までに伝令を届けないと攻撃が始まってしまうというカウントダウン仕様も含め(だから、特に第一次世界大戦のあれこれなんか知らなくても、まぁ、全然楽しめる)結構なエンタメ作品なんです。で、あの、これ、ワンカットってことだから(映画の上映時間と映画内の経過時間は同じはずなので)、明日の朝までってタイムリミット的には余裕で着くんじゃ?と思いますよね。ただ、ここにちょっと仕掛けがあってですね(まぁ、ルール違反と言えばそうなんですけど)。じつは、一箇所だけ明らかにカット割ってるとこがあるんですね。ここがほんとに素晴らしくて(ていうか、これがやりたかったからあえて他をワンカット風にしたんじゃないかと思ったくらいです。)、僕はこの一箇所だけカットを割ったってところでこの映画が最高に好きになったんですね(あ、で、これはネタバレではありません。なぜなら、このシーンがあることによって、『1917』におけるワンカットというのは単なる手法であって、映画の面白さを決定づけるものではないということを言ってしまってるので。つまり、カットを割ることの方がどれ程映画的行為かってことを証明してしまってるんです。)。

えー、サム・メンデス監督でワンカット風と言えば、『007 スペクター』の冒頭の、部屋の中から始まったアクションが、その部屋の窓から外に出て隣のビルに飛び移り、もともといたビルが崩れ落ちるまでっていう大スペクタクルをワンカット風でやるっていうのがあったじゃないですか。あれ程ではないんですけど(いや、まぁ、強いてあげれば、今回は、さっき言ってたカットを割ってるところ、あのカット明けのシーンがこれに匹敵するスペクタクル・シーンかもしれませんね。)、あのリズム感というか流れる様な感じというか、その心地良さみたいなのが全編にあってですね。僕が最も顕著だなと思ったのはオープニングなんですけど、えーと、まず、スコフィールドとブレイクのふたりが木陰で昼寝しているところから始まるんです。で、上官がやって来てふたりを起こす。話があるから着いて来いと。で、上官の後を着いてふたりが歩いて行くんですが、その間ふたりは「いよいよ休暇が取れるのか。」とか「国へ帰ったら何を食べたい?」などの他愛ない話をしてるんですね。で、その間カメラは歩いてるふたりを正面から映してるんですけど、同じ画角のまま歩いて行くとふたりの後ろに映る風景がどんどん変わって行くんです。昼寝していた花畑みたいなところからシームレスに周りが土だらけの塹壕の中に入っていって、その奥の薄暗い司令室(ただの穴の奥)に辿り着いて、そこで(先ほどの指令の)「明日の朝までに指令を届けなければ1600人の仲間が死ぬ。」ということを伝えられるんですね。しかも、その中にはブレイクの兄もいるということで、ふたりは考える間もなく出発することになって、今度は暗い塹壕の中から地上に出て、敵の攻撃からこの基地を守っている兵士たちの間を通って、いよいよ何が起こるか読めない平野に出るまで、たぶん、この間5分くらいなんですけど、この5分くらいの間で映画の景色がめちゃくちゃ変わるんですよ。基本、ワンカットということはこの後もカメラはスコフィールドとブレイクを追い続けることになるわけなんですけど、この最初の5分だけでも思いも寄らない様な景色の変わり方を見せてくれるんです。しかも、とてもリズミカルで心地良い。で、この後は更にどんな風景が待っているのか全く分からない(この後の進み方を前線にいる上官に聞いたら「塹壕から出たら、まず馬の死体があるからそこを右に曲がって、そのあと人間の死体があるからそれが目印だ。」なんてことを言われる始末で。行ったら正しくその通りだったみたいな。)。

しかも、そうやって風景がスクロールしていく面白さの中で、自分の兄弟の命が掛かっているブレイクと、ここは慎重に行きたいスコフィールドの気持ちの違いなんかもあって、ふたりの関係性が徐々に変わって行くっていうのの二本柱で話が進んで行くんですね。で、まぁまぁ、考え得る様々なことが次から次へと起こるんですけど、戦場の緊張感と何か起こりそうになるとちょっと大げさなくらいの感じで流れてくるBGMが不穏感を煽ってくるんです(この煽る感じの音楽の使い方とかほんとにゲームみたいだなと思ったんですけど。)。そうすると、「え、これ、今どうなってるの?凄いことが目の前で起こってるんですけど。」っていう事態になって、それをクリアして先に進むみたいな。だから、これでも充分面白いんですけど、これだったらぶっちゃけ主人公視点のアクションゲームと同じ様な面白さだなとは思っていたんです。そしたら、中盤であの(さっきから言っている)一箇所だけカットが割られるシーンになるんですよ。

えー、要するに、それまで風景は変わって行っても地続きだった世界が、カットが変わることで一変するんです。カットが割られてそれが明けたら、そこに今まで見て来たのとは全く別の世界が拡がっていたんです(それまで戦争ゲームをしてたと思ってたのに、急に画面が『地獄の黙示録』に切り替わったみたいな。)見た目の景色や、起こっている事象をただただ描写してるだけに見えてた描き方が、内面的な描き方に変わって、それまであまり入り込まないでいたスコフィールドの内面にグイグイ入っていく感じになったんですね。僕は、ここでめちゃくちゃ"映画観てるな"って気分になったんですよね。カットを割るってことは瞬間的に世界を変えてしまう様なことなんだって、映画って正にこれなんだって。つまり、サム・メンデス監督はワンカット撮影の(現時点での)限界を見せながら、その限界を超える瞬間というのまでをカットを割ることで見せてくれたんだと思うんですよ。で、それは映画の本当の面白さというのは、手法や技術に固執することではなくて、ドラマの中の真実をいかに伝えるかってことにあるんだってことなんだと思うんです(で、それを手法や技術先行で作られた画面で見せられてるっていうのにも非常にグッと来ました。)。

だから、全編観終わった後に残る感覚って、ワンカット地続きの面白さよりも映画としてのドラマチックさだったんですよね。恐らく戦争がどうとか善悪がどうとかを超えた人間が生きるってことのドラマチックさ。僕には、カットを割る前は スコフィールドが " 死 " を意識する様な事柄が、カットを割った後には " 生 " を意識する様な事柄が描かれていた様に見えました(で、それは一瞬で全てが入れ替わってしまうくらい表裏一体なものなんだと。)。

ということで、個人的にはとても映画らしい、ほんとに画を通して " 生きる " ってことを改めて見せてくれる様な映画だったなと思います。最新のCG技術と結構アナログな長回しの手法をミックスしてる様な表現方法も良かったですし、『地獄の黙示録』とか、『突撃』とか、『フルメタル・ジャケット』とか、『プライベート・ライアン』とか、『ダンケルク』とか、いろんな戦争映画を思い出すのもその映画たちへのリスペクトを感じる様でとても気分の良い映画でした。

https://1917-movie.jp/

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