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【映画感想】ミナリ

1980年代のアメリカ南部を舞台に、韓国系移民の家族のままならない暮らしをミニマルに描いた日常(でありながら、それを超越したものを感じさせる)系映画『ミナリ』の感想です。

"ミナリ"というのは韓国語で芹(セリ)のことらしいです。アーカンソーで暮らす家族のところへ韓国から合流して来たおばあちゃんが水辺に植えて育てるんですが、この直接ストーリーに関係なさそうな言葉をタイトルにしてる感じ。なんか意味ありげだけど何を意味しているのかはよく分からない。僕のこの映画に対する印象は終始これなんです。80年代という時代に韓国系移民としてアメリカで暮らすことの難しさも描きながら、家族というものを少し引いた視線でひとつ屋根の下で暮らす人たち(農場を手伝ってくれてるポールも含めて)の集合体として描いてるのは『ROMA/ローマ』とかに近いなとも思ったんですが、例えば、トレーラーハウスで生活する家族が嵐の夜に車で逃げるかどうかという事態の中、父親のジェイコブが「大丈夫だ。何とかなる。」と言った途端に停電になるとか、悪いこと続きの日々の中、息子のデヴィッドの心臓病の定期検査で都会の病院に行く日に、止まっていた井戸の水が復活するみたいな何かを示唆する様な演出が頻出するんです。停電は、父親のジェイコブが自分の夢の為だけにアーカンソーに越して来てしまったことに対して、本人は大丈夫だと思っているけど暗雲立ち込めてるってことだし、止まってた水が流れるようになるのは、滞ってたいろいろなモヤモヤが解消されるっていう比喩だと思うんですけど、ここに更に父親の名前がジェイコブだってこととか、従業員のポールが教会に行く代わりに十字架を背負って歩いてたりということが重なると、ああ、これは聖書に関連することを言っているんだなということは分かるんですが、それが具体的に何を言っているのかまでは分からないんですよ。なんですけど(まぁ、分かった方が良いのは当然なんですけど。)、これ、たぶん、この聖書うんぬんに気がつかなくても感じると思うんですよね。なんていうか、ただの家族モノじゃないなという不穏さみたいなものを。で、僕はこの普通の映画だと思って観てたら、あれ、なんか普通じゃないなこの映画となる不穏さが大好きなんです。

でですね、そうするとどうなるかというと、その停電のシーンとか、水道が復活するシーンとか、そういう映画的な演出だと思ってたところが、もっと意味を持って来るというか、そこに何か大いなる力みたいなものが働いてるんじゃないかって見えてくるんですよ。そういう多層構造になっている映画ってじつは多いんですけど、この『ミナリ』がまたちょっと違うのは、そういった構造の見せ方が結構あからさまなんですね。(ポールが十字架背負って徘徊してるのなんか正しくなんですが。)例えば、母親のモニカはキリスト教徒で慣れないアーカンソーでの暮らしの救いを教会に求めようとしてるし、悪いことが続くのをポールと一緒になってお祓いでなんとかしようとしますしね。明らかにキリスト教と関係ありますよって見せ方してるのに、物語上ではキリスト教というのをそんなに良い感じでは描いてなかったり、または、この家族たちにもそんなに幸福なことはストーリー上起こらなかったりして。だから、虚無的というか諸行無常というか、ちょっとこういう人生の描き方って、どちらかというと仏教的じゃないかなみたいに思えて来るんですけど、そんな中でキーになって来るのが途中で韓国から合流して来るおばあちゃんなんです。

要するに移民で根無し草的な家族に韓国の文化とか風習なんかを教えに来る役なんですが、このおばあちゃんがとても良くてですね。文化とか風習以上に、適当さとか悪いノリみたいなの(つまり、人間らしさってことですね。)を教えてくれるんです。でも、物語上はこのおばあちゃんも家族を幸福にするっていうわけではないし、おばあちゃん自身も幸福とは言いがたい状態に陥るんですけど。ただ、その中で奇跡みたいなことが起こっていたんですよね(おばあちゃんがその幸福ではない状態に陥る前の夜に自分の病気のことを怖がるデヴィッドになんて言っていたか。)。そこに気づいた時に「わ~、そうか。」と思ったんですけど、だからといってそれで全てが好転するわけではないんです。そういう奇跡を描きながらもそれ以外の部分との分量の差がリアルというか納得というか。人生にはいろいろあって、奇跡が起きたことも気が付かないくらいにはいろいろ大変だと。そして、何が一番大切かってことは後々振り返らないと分からないなってことなのかなと思いました。

ということで、分からないことだらけの映画ではあったんですが、人生に対する真摯さみたいなものは感じるので、非常に不穏で空虚(やっぱり、この感じ好きです。)なんですけど、不思議と、ああ、明日も生きようかなという気にはなる(あと、夫婦の距離感がとてもリアルで、そういうとこで何を言われてるのかよく分からなくても何だか共感してしまうという不思議さもある)映画でした(あ、あと、お姉ちゃん全然絡んで来ないなとは僕も思いました。)。

https://gaga.ne.jp/minari/

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