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【映画感想】少年の君

えー、中国と香港の合作とのことで、香港映画は80年代に沢山(ジャッキー・チェンやMr.Booなど)観ましたが、中国映画はあまり観てないと思うんですよね(好きだった『薄氷の殺人』は中国映画でしたね。あと『鵞鳥湖の夜』もそうですね。)。やはり、韓国映画とも台湾映画とも違いますが、これはまたあまり観たことないタイプの映画でした。イジメや受験、貧困など社会的なことをテーマにしながらめちゃくちゃロマンチックな恋愛ドラマだった『少年の君』の感想です。

はい、ということで、デレク・ツァン監督、まだ、そんなに撮ってない監督なんですが、前作の『七月と安生』も評判良くて、この『少年の君』もとても良いということだったので観に行ったんですが、確かに重くて辛いテーマをエモーショナルに見せ切る技量というかセンスは凄まじかったです。たぶん、描こうとしてるのは現代中国の暗部というか、貧富の差からくる良い生活を求める為の良い学校ということでの受験戦争であり、そういう競争社会からドロップアウトしてしまう人たちとか、国が発展して行く中で庶民の生活に歪みが生れて、「その歪みの割を食うのはいつだって若者なのだ!」ってことでの青春ドラマであり、反発とか反抗する気持ちからの共感覚というか普通なら絶対に惹かれ合わない様なふたりが惹かれ合うという恋愛ドラマなわけで。簡単に言うとストーリーは(よくあるタイプの恋愛ドラマということでの)"ロミオとジュリエット"なんですよね。つまり、今の中国の情勢が"ロミオとジュリエット"を大真面目にやってもパロディにならないくらい歪んじゃってるってことだと思うんですよ。

で、その大昔からある恋愛ドラマの雛形みたいなパターンを現代の社会情勢の歪みにあてはめてシニカルな恋愛ドラマにしている映画というと、個人的にも大好きな『ポンヌフの恋人』がありますけど、あの話は殺伐さがロマンチックを凌駕していて、そこのところに逆にロマンチシズムを感じるという複雑さが衝撃だったわけです。なので、それに比べると、こちらは主人公が10代な分ロマンチック過多というか、割りと直球の恋愛モノなんですね。80年代の日本の少女漫画みたい(紡木たく先生の『ホットロード』とか。)だなと思ったんですが、いや、舞台は現在なのに精神性だけがひと昔前っぽい感じとかはあれですね、野島伸司(『高校教師』とか『人間・失格〜たとえばぼくが死んだら』とかですね。)。野島伸司脚本作品の恋愛の裏に社会問題が隠されてるあの感じに近いですね。

で、その感じで良かったんですが、個人的にめちゃくちゃ余計だなと思う情報が映画の中にありまして。中というか最初と最後なんですが。えーと、まず、映画の冒頭に「いじめは世界的な現象であり~」的なテロップが入るんですね。これ、最初にこう言われちゃうとそういうつもりで観ちゃうじゃないですか。なるほど、この映画は現実にあるいじめという問題を真正面から捕らえて、その問題をメインに描いてるんだなと構えてしまうわけですよね。そうやって観るとそうでもないというか(もちろん、凄惨ないじめのシーンなんかは描かれるんですが)、どちらかというと、そのいじめをきっかけに主人公のチェン・ニェンとシャオベイが出会うことの方が重要なんですね。だから、最初に大上段から「これはいじめの映画です!」って言われちゃうと、いや、ちょっと待って、いじめの解決法ってこれでいいのか?これだと、目には目を、暴力には暴力を、いじめを受けてる人は不良に金払って護衛してもらおうってことにならないか?ってことになってしまうんですよね。ていうか(前回の『映画雑談その29 プロミシング・ヤング・ウーマン』の回でも話してますが)、個人的には映画ってその方が良いと思ってるんですよ。だって、日常では起こりえない様なことを描いてるわけですから、世間的な倫理観よりもふたりにとっての奇跡に重きを置かれた方がグッとくるわけなんですよ(その裏に社会的なメッセージがあるってことは普通に観てれば分かりますしね。)。それを削ぐ様なことしちゃってると思うんですよ、この映画(このふたりが出会うことがなぜ奇跡的なのかということを考えれば自ずとそこにはいじめや格差の様な社会的な問題が作用してるんだということは分かるし。その考える楽しさを奪うことになってると思うんです。)。しかも、エンドロールに至ってはシャオベイ役のイー・ヤンチェンシーが登場して、いじめは本当に良くないウンヌンカンヌン的なことをしゃべるんですけど、これ、例えば、実際にあった事件をベースにしていて、ここで起こっている非日常的なことは実際にもありえることなんだと思わせる為の演出だったらいいと思うんですけど(『ブラック・クランズマン』みたいな。)、明らかにそうじゃないんですよ。

で、さすがにここまでくるとおかしいなと思って、ちょっと調べてみたら、中国映画って政府の検閲が入るらしく、そのせいでプロパガンダ的になりがちだって書いてる人がいたんです。それが事実なのかは分かりませんが、ちょっと腑に落ちたんですよね。あまりにもとってつけた様な「いじめ、ダメ、絶対」的な煽りだったんで(監督自らが自分の作った世界を壊してるように見えたんです。)。せっかくセンス良くいじめの悲惨さやそれによって起こる奇跡的なドラマを描いてるのに、「ふたりの心情なんかよりも倫理的なことの方が大事ですよね。」、「そういうこと分かってますよ!」みたいな。先回りして言い訳されてる様で。個人的には純粋に楽しめなくなってしまったんです。あの、映画って、観てる間は倫理的なことや道徳的なことからも解放されて、観終わった後にそれがなぜそういう風に描かれたのかを考える芸術だと思うんです(なので、これが本当に中国政府の検閲によるものなのだとしたら、どこの国の政治家も余計なことしかしねぇなと思うしだいなのです。)。


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