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新しい旅のカタチ

ボクは7年間と少しゲストハウスを運営していた。

いろんな成行きが重なり、気づいてたら経営していた。

という感じで、他の人からしたら「なんてラッキーなっ!」と言われることは間違いないし、実際に間違ってはいない。

またそのゲストハウスの所在地がエストニアという国のタリンという都市の旧市街のど真ん中にあって、まるでおとぎの国のような建物に囲まれた素敵な場所だった。(2軒隣にはピーチ姫が囚われてそうな塔もあったし・・)

まだまだエストニアが「電子国家・スタートアップ大国」として知られだす前のことだったので、やってくるお客さんは、物価の安い、中世の雰囲気のある東欧の国という認識がほとんどだった。

26歳で経営を始めたので、いつもお客さんからは「バイトの子」だと思われてたのが何気に気に入ってた。別にオーナーであることを隠してるわけでもなかったし、聞かれれば答えたし、会話の流れがそちらの方向にいけば、「私がオーナーです」と自分から名乗り出ていた。

お客さんの中には「オーナーには面と向かって言うのはアレだけど、バイトの子になら言える」という感覚の方も多いので、そういった意味でもお客さんの本音が聞ける気がしてあえて自分から毎度名乗り出ることをしなかったのだ。

お客さんのほとんどは欧州から来ていた。

海外にある日本人の方が経営しているゲストハウス・宿は「日本人宿」というタイトルがつくことがあるのだけど、うちの場合はそうではなかった。統計的にみれば日本人のお客さんは多かったのだけど、一日あたりでみるとすごく少なかった。

床数は18ベッドとすごく小さめな宿で1人勤務体制だった。

でもその分、お客さんとの距離感も近かった。ホテルの様に、チェックインしてハイ、おしまい!ではなかった。

来ては去っていく旅行者・旅人と朝ごはんや夕食を一緒に食べながら、その日の出来事や旅の面白話、人生の話をするのが本当に楽しかった。7年の間に何千人(万いったかな?)の人に会ってきたと思うのだけど、この部分だけは全然飽きなかった。

そんなゲストハウスの経営も運命の2020年に閉じることになった。

オープンした時と同様、いろんなことが重なり、「閉じた方がよい」という早期決断を下した。

あれからもう2年が経とうとしている。

世界はまだ新株やワクチン問題で騒がしくしていて、ツーリズムに関わる人たちは常に見通しのつかない状況で事業を運営、展開していかなければいけない。(ツーリズムだけではないけどね)

そんな中、ボクは今、またゆっくりと動き出そうとしている。

このブログを前から見てくれている人ならご存じだとは思うのだけど、ボクは今、エストニアの地方都市に住んでいる。首都のタリンからは電車で2時間と少し。世界基準の尺度で計れば完全に田舎町なのだが、ヨメはCITYだっ!と譲らない。

そんな田舎町 地方都市で古民家ぐらしをしているのだが、そこでまたゲストハウスをやりたいと思っている。

いや、正確に言えばホームステイ。

いや、民泊みたいなものか?

なんだろう?ジャンルはよくわからない。

ただわかっているのは、「観光」を目当てにして来ていただくのではなく、「ふつーの生活の体験」をしにきて欲しいのだ。

エストニアの小さな町で、エストニアの昔ながらの家(と言ってもリノベしてますが・・・)に1、2週間~1ヵ月くらい住み、季節ごとに現地の人が行う習慣・行事などを一緒に経験してもらう。庭にいって野菜やベリーを収穫したり、湖に行って泳いだり、はたまた凍った湖でスケートしたり、かまくらつくったり、森に足を運んでキノコや野生のベリーを摘んだり、サウナしたり、暖炉の火の前で談笑しながら編み物をしたりカンネルの練習したり、、、

とにかく「エストニアの人にとって、ふつーのことを体験してもらう」そんなことが経験できる場所を提供したい。そう考えている。

日々の生活の中でこそ、その国の人や文化・習慣を感じられる。とボクは思う。だからエストニアに来て、ただ現地の人と一緒にふつーの生活をするだけで実は立派な非日常なのではないか?と。

そして受け入れたいのはなにも旅人だけではない。

この数年、「親子留学」なるものが流行っている。多くの場合は英語学習と組み合わせて行われているのだけど、その路線で、小~中学生くらいのお子さんと一緒に来て欲しいのだ。(もちろんその下でも上でもOK)

夏休みの宿題ならエストニアでもできると思うし、一旦、驚くようなスピードで時間が過ぎていく日本から離れ、エストニアのようにゆっくりと時間が流れる国でひと夏を過ごすのも悪くないと思っている。

日本が住みづらい
海外移住したい

そう思っている人にも是非来て欲しい。

実際に日本という国から離れ、外で暮らすことで解ることはたくさんある。

住みづらいと思っていた日本も、案外そうではなかった。という結論にたどり着くかもしれないし、「やっぱりそうだった!」と再認識できるかもしれない。どちらが正しいという訳ではなく、どちらが自分にあっていたか?というのを理解するには疑似体験では足りないはず。

滞在期間が長くなればなるほど、隔離期間の支障(滞在日数に対する影響)も少なくなるし、1つの場所に留まることで、都市から都市、国から国への移動がない分、移動費も抑えられる。(交通費は馬鹿にできない)

またフルリモートが多くの企業で可能となった今では企業からの了解が得れさえすれば、地球のどこにいても仕事ができる環境になった。ワーケーション(ワーク+バケーション)という言葉だって耳にするようになった。

なので、有給と海外リモート期間を合わせれば3週間くらいの海外滞在も比較的、簡単にできるようになるのではないだろうか?3週間丸々の休暇でないにしても、夕方・土日は自由時間だし、休暇に入る前から目的国にいれればこれまでのように、貴重な休暇の日数を移動で1,2日失うこともない。


これを「旅」と呼べるのだろうか?

旅の醍醐味のひとつは点から点への移動でもあるから、1か所に留まることは、どちらかと言えば留学や移住に近いものがある。

でも「生きることは旅すること」とひばりさんも言うではないか。

だったらこうして1か所に留まり、異国の地でふつーの生活をするだけでも十分に「旅」と言えるのかもしれない。

話があちこちにいき、まとまりがなくなってきたので、この辺で終わりにしようと思う。

要は、ボクがこのブログで書いてきたようなエストニアでの日々の生活、行事を一緒にやってみませんか?ということなんだと思う。そして今、その準備を着実に進めていっている。という報告をしたかっただけだったりする。

森でベリー摘みしたり、、、
空気の澄んだ湿原で散歩したり、、、
湖でひと泳ぎしたり、、、
夏至祭のお花集めしたり、、、
庭のさくらんぼ摘んだり、、、
暖炉の火を眺めたり、、、
リンゴを必死で集めたり、、、
凍った湖でスケートしたり、、、
白銀の世界に見惚れたり、、、
サウナであ''ぁぁァあああ・・・ってなったり、、、


人、それぞれの旅のカタチがあっていいと思う。

新しい旅のカタチ、

アナタならどんなカタチにする?


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