研究における「間違い」の意味について

 12月22日付の日経新聞「経済教室」は、現代貨幣理論者として知られる先生による記事でした。著者曰く「主流派マクロ経済学者は財政赤字の拡大は国債金利の上昇を伴うと主張したが、実際にはそれは観察されなかったので、さらなる財政赤字の拡大が許容される」とのことです。

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 大胆な主張に感心しつつ、気になる表現が散見されました。例えば次の件です。

緊縮政策に取りつかれた政府は間違った理論を採用し、生産高と生産性の伸び鈍化、失業率の高止まりと長引く不完全雇用、賃金の伸び悩み、不平等の拡大を国民に強いることになった。

 原則として、研究者が「間違った」や「誤った」という表現を使うのは、erratumの意味です。例えば、ある経済変数a、b、そしてcについて

a+b=c

という関係が得られたとします。この関係式を解釈するために、次のように書き換えたとします。

a=b+c

これは「誤った」移行の計算をしているので、明らかな「間違い」です。一般に、公刊された論文のこのような「間違い」を指摘する趣旨の論文はerratum論文と呼ばれます。

 この著者のような「主流派マクロ経済学者の主張は間違いだ」という発言を素直に読むと、「主流派マクロ経済学者が示す結果の導出過程に矛盾があった」となります。ただし、おそらく著者がここで言いたいのは「主流派マクロ経済学者の示した結果は、現実のデータの当てはまりがよくない」ということだと考えられます。

 著者が研究における「間違い」の意味を理解していないのか、訳者が著者の意図を正確に捉えることができていないのか、いずれの場合であっても表現には気をつけるべきだと思います。

 ある研究成果に対してerratumが示されれば、関連分野の研究者は機敏に反応します。その研究が多く引用されているものであるほど、erratumが示されたことをきっかけに、後続の研究が修正され、関連する研究が進展することになります。

 今回の記事の「間違い」という表現の使い方は、そのような機会を逸しているようで残念なものでした。

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