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デザイン経営シンポジウム「こわくないデザイン-経営とデザインとの付き合い方を探る-」開催レポート

「これからの地域を支えるデザイン経営」を本気で学ぶ場所として、2023年にスタートした越前鯖江デザイン経営スクール。スクールの第一弾として、2023年7月7日にシンポジウム「こわくないデザイン-経営とデザインとの付き合い方を探る-」が開催されました。本記事では、その様子をレポートします。


【開催概要】

デザイン経営シンポジウム「こわくないデザイン-経営とデザインとの付き合い方を探る-」
日時:2023年7月7日(金)14〜17時
会場:福井ものづくりキャンパス (小ホール)

〈第1部〉基調講演
講師:原川 宙 氏 / 経済産業省デザイン政策室 室長補佐
演題:「日本のデザイン政策における“地域とデザイン”」

〈第2部〉基調講演
講師:原田 祐馬 氏 / UMA / design farm代表
演題:「ともにつくるデザイン」

〈第3部〉パネルディスカッション
テーマ:「デザインとの付き合い方」
パネリスト:ものづくり事業社4社 + 講師2名
モデレーター:
新山 直広 氏 / 一般社団法人SOE副理事 / 合同会社TSUGI代表
内田 裕視 氏 / 株式會社ヒュージ代表

外は気温35度を超える炎天下の中、約150名の事業者やクリエイターが参加。本シンポジウムでは、デザイン経営に精通するトッププレイヤーによる基調講演と、デザイン経営を実践する産地企業4社によるパネルディスカッションが行われ、産地の未来像をともに探る貴重な時間となりました。

【シンポジウム当日の様子】

シンポジウムの冒頭は、鯖江市・越前市両市長による開会挨拶。

鯖江市長の佐々木勝久氏

「鯖江市は、眼鏡・漆器・繊維の三大地場産業に支えられてきた町です。産地の生き残りや発展に向けて、行政としても全力でバックアップしていきたい」(一部要約)

越前市長の山田賢一氏

「私がデザインと関わり始めたのは、1989年のデザインイヤーです。『ふくい!誇りのデザイン』という事業をきっかけに、福井に産業デザインが定着したように思います。1500年続くものづくりの産地から、クリエイティブな人材が輩出されることを期待したい」(一部要約)

公務でお忙しい中、ご出席ありがとうございました。

第1部 原川宙さんによる基調講演「日本のデザイン政策における“地域とデザイン”」

デザイン経営シンポジウムのスタートを飾ったのは、経済産業省デザイン政策室の原川 宙氏による基調講演。

<原川 宙 氏のプロフィール>
経済産業省 デザイン政策室
民間企業を経て2012年に経済産業省特許庁入庁。意匠審査官として産業機器や民生機器、内装等の企業ブランディングの核となる意匠審査等を担当し、2021年7月から現職。国内外のデザイン政策、地域とデザインに関する調査研究等を担当。数少ない美大卒官僚として、「これからのデザイン政策を考える研究会」を主宰。

まずは日本のデザイン政策の歴史についてお話しいただきました。
「日本のデザイン政策は、地域のものづくりから始まりました。1928年、商工省が仙台市に工芸指導所を創設したのが始まりと言われ、それ以降約100年にわたって様々なデザイン政策が展開されてきました」

原川さんに説明いただいたデザイン政策提言を年代ごとにまとめると、

1950年代後半〜
・デザイン盗用問題の解決
・日本独自の「グッドデザイン」の追求・確立

1960年代
・デザイン=「企業経営」に直結するもの(デザイナーだけの問題ではない)
・企業におけるデザインポリシーの確立
・日本の学校におけるデザイン教育が遅れている

1970年代
・「デザイン」に対する認識のアップデート
表面的な形態や装飾だけでなく、使用者の様々なニーズや生産性、経済性等を考慮したものへ
・「デザイン向上のための国民運動」を提起
デザインを企業経営者だけでなく市民や社会へ

1980年代
・「デザイン」を社会に対して開いていく
・自治体・デザイン振興機関・デザイナーの連携

1990年代〜2010年代中盤
・デザイン=「経済と文化を高次元で統合し、具体化する役割を果たすことが可能な活動」
・感性が経済的価値を生む「感性価値」の推進

2010年代後半〜
・2018年5月 経済産業省「デザイン経営宣言」
・自治体におけるデザインへの関心の高まり
(例)佐賀県の「さがデザイン」
   福井県の「ふくい政策デザイン」
   滋賀県の有志職員による「Policy Lab. Shiga」
   経済産業省の有志職員による「JAPAN+Dプロジェクト」

つまり、日本におけるデザイン政策は時代ごとに形を変え、約100年にわたって続いてきたということ。そして国がデザイン政策を100年近く展開しているにも関わらず、社会にデザインが浸透しきっていないということ。デザインの力や意義を伝えることの難しさを感じました。

また、原川さんには「地域×デザイン経営」が抱える課題についてもお話しいただきました。地域におけるデザイン経営が進んでいない理由として、

①デザインの関する認識のズレ
②自治体のデザイン・デザイナーに対する認識の低さ
③地域にデザイナーがいない or 少ない
④産地とデザイナーの関係 デザイナーに対する嫌悪感
⑤デザインの評価の難しさ、デザインコミュニティの独特さ

が、あるのではないかというのです。参加された皆さんも、自分事として考えながら聞いていたようです。

講演の最後は、2023年1月から始まった「これからのデザイン政策を考える研究会」と、10月1日の「デザインの日」について。「これからのデザイン政策を考える研究会」とは、経済産業省が主体となり、23名の委員を中心にデザイン政策の具体的な取り組みについて検討する研究会のこと。2023年9月時点で4回の議論が行われています。
また、1989年のデザインイヤーを受け、1990年に制定された「デザインの日」。毎年10月1日はデザインの意義を考える日にしてほしいのだそうです。

普段なかなか学ぶことのない、日本のデザイン政策の変遷について知ることができた貴重な時間でした。

第2部 原田 祐馬さんによる基調講演「ともにつくるデザイン」

続いて、第2部は、UMA / design farm代表の原田 祐馬氏による基調講演。

<原田 祐馬 氏のプロフィール>
1979年大阪生まれ。UMA/design farm代表、どく社共同代表。グッドデザイン賞審査委員、第18回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展キュレーターなど。大阪を拠点に地域に関わるプロジェクト、グラフィック、空間や企画開発などを通して、理念を可視化し新しい体験をつくりだすことを目指している。愛犬の名前はわかめ。

大阪を拠点に全国でご活躍中の原田さん。今回、初めて講演を聞いたという参加者も多かったのではないでしょうか。

まずは原田さんとUMA/design farmに関するご紹介から。実は、原田さんは福井でも活躍されており、2016〜2022年に開催された福井市主催の事業創造プログラム「X SCHOOL」ではプログラムディレクターを務められました。

UMA/design farmの活動フィールドは「ちいさく、よわく、とおい。」。社会でよく見かける華やかな広告デザインではなく、ちいさくて、よわくて、とおくて困っている人の伴走をしています。実際の活動事例として、いくつかのプロジェクトを紹介いただきました。

<牧場のリブランディングプロジェクト「牛を放とう」>
広島県のとある牧場から、パッケージデザインの依頼をいただいたときのこと。原田さんはリサーチや現地でのフィールドワークを通して、「牛を放牧し、牧場にきてもらうことで新たな価値を提供しませんか?」と提案。いつか放牧をしてみたかったという経営者の背中を押すこととなりました。

牛乳のパッケージデザインの段階では、日本や世界中の牛乳のパッケージをリサーチ。「放牧型の牛乳にふさわしいパッケージとは?」と考えているうちに気づいたことが。牧場に1年半通って牛乳を飲み続けるうちに、季節によって牛乳の味が違うことに気づいたのです。そこで、季節によってパッケージを分けることを提案。さらっとした「はるとなつ牛乳」と、こっくりとした「あきとふゆ牛乳」が誕生しました。

もともとのオーダーだったパッケージデザインは完成しましたが、UMA/design farmの伴走は、現在も続いています。牧場でどんな体験ができるかという場のデザインにも及び、創業者の生家を地域のコミュニティスペースにすることを提案しました。さらに、バターを作る際にできる低脂肪乳を使って練乳を作り、その練乳を楽しめるいちご農園を作るプロジェクトも現在進行中です。

デザイナーってそこまでやるの?と会場の皆さんがびっくりする事例紹介でした。また、政策とデザインをつなぐ事例として「さがデザイン」の紹介や、淡路島のゴミ袋プロジェクト、子どもと里親のコミュニケーションツールのデザインなど、たくさんのプロジェクトを紹介いただきました。

そして、UMA/design farmのプロジェクトの進め方についても紹介いただきました。
仕事のオーダーが来たら、
・デスクトップリサーチ
・フィールドワーク
・インタビュー
を通して見えてきたコンセプトをもとに、小さくすばやくアウトプットしてクライアントからフィードバックをもらう。対話の中からオーダーを一緒に見直していくのがUMA/design farm流の仕事の進め方なのだそう。

「デザインの依頼をもらった時点で、このオーダーが本当に適切なのか検討します。実は僕たちは、もやもやした状態で相談してほしいんです。完成したプロダクトよりもプロセスこそが大切で、クライアントとの対話のきっかけになるので、柔軟な状態でアウトプットをするようにしています」

原田さんやUMA/design farmが大切にしている「ともにつくるデザイン」について触れることができました。ちいさくて、よわくて、とおいクライアントと伴走し、ともに持続可能に成長していく。これこそが、これからの地域に求められるデザイナーの姿なのかもしれません。

第3部 パネルディスカッション

パネルディスカッションでは、ものづくり事業社4社と 講師の原川宙さん、原田祐馬さんがパネリストとして登壇されました。テーマは「デザインとの付き合い方」。モデレーターは新山直広さんと内田裕視さん。

ステージ中央・左から順に小松原さん、山下さん、関坂さん、戸谷さん、池田さん

<パネリスト紹介>
小松原 一身 氏 株式会社ボストンクラブ 代表
1958年生まれ。1984年に鯖江市で眼鏡フレーム企画デザイン会社「BOSTON CLUB」を創業。大手アパレルメーカーとして眼鏡商社のOEMを中心に、経験と鯖江の生産技術を活かし、「JAPONISM」「BCPC」などのオリジナルブランド展開。福井県眼鏡協会副会長として、鯖江のメガネの地域ブランド化を目指し、国内外へ発信。

山下 寛也 氏 山次製紙所 伝統工芸士
1979年越前市生まれ。明治元年創業の手漉き越前和紙メーカー「山次製紙所」で、独自ブランド「series(シリーズ)」「UKIGAMI」など、オリジナル度が高くプロダクト化しやすい和紙を製造する。近年では海外に向けた退色しない和紙の開発や、型押しの技法によりエッジ精度の高い模様を浮き立たせる「浮紙」の開発などに取り組む。

関坂 達弘 氏 株式会社セキサカ 代表取締役
1980年福井県生まれ。2007年オランダのDesign Academy Eindhoven卒業。東京のデザイン事務所で勤務後、2014年に創業1701年の漆器メーカー・株式会社セキサカに入社。2019年に代表取締役に就任。自社ブランドのディレクションや直営店ataWのディレクション兼バイヤーを担当。国内外のデザイナーとプロダクト開発を行う。

戸谷 祐次 氏 タケフナイフビレッジ・Sharpening four 代表
1976年越前市生まれ。2018年に越前打刃物伝統工芸士の認定を受ける。2020年には祖父、父の跡を継ぎ、新社名「Sharpening four」をスタートさせる。主に両刃包丁、各種刃物の研ぎ仕上げ、研ぎ直しを担うほか、シフォンケーキ型抜き用ナイフの開発や、パリでの研ぎ実演・講習、共同開発ブランド「癶( HATSU )」の立ち上げなど、幅広く活動。

池田 拓視 氏 タケフナイフビレッジ・安立打刃物 代表
神奈川県で育つも、母方の家業である安立打刃物の五代目になる事を決意。四代目勝重の下で修行を重ね、2007年に大学卒業後、安立打刃物へ入社。2019年度には越前打刃物の伝統工芸士に認定。2021年より安立打刃物の五代目を継ぎ、各種鍛造包丁、各種ステンレス鍛造包丁など、1本1本火造りで鍛造された刃物の製造を続けている。

まずはものづくり事業社4社による自己紹介からスタート。眼鏡、越前和紙、越前漆器、越前打刃物と、それぞれの産地で活躍されている4社5名による自己紹介でした。ここからは、モデレーターの2名からパネリストに質問する形式でディスカッションが進んでいきます。

ー経営にデザインを取り入れてみて感じることは?
戸谷さん:鉄の包丁は錆びやすいため近年あまり売れないんですが、鉄からステンレス中心に移行したのはデザイナーによるアドバイスのおかげです。タケフナイフビレッジは川崎和男さんのデザインによって、伝統という呪いからいい意味で解放されたと思います。

小松原さん:値段が同じ商品であれば、選ばれるのは「おしゃれ」で「かわいい」「かっこいい」商品。当社にはインハウスデザイナーが数名おり、魅力ある商品を作るためにどうするかを考え、一生懸命ものづくりに励んでいます。

関坂さん:依頼するデザイナーを決めるときは、まずは友達のデザイナーから。デザインを依頼する上で、自分がそのデザイナーのことを好きかを大切にしています。

ーデザインに投資したきっかけは?
山下さん:会社や産地の存続に対する危機感からです。どんな形で会社を残していこうと考えたときに、デザインに関する知見が足りないことに気付き、デザイナーから知恵を教えてもらっています。

ー産地におけるデザインの課題は?

原川さん(左)と原田さん(右)

原川さん:産地とデザイナーの距離感が埋まらないことですね。産地の方向けに「こわくないデザイン」というセミナーをすると同時に、デザイナー向けに「こわくない産地」というセミナーをするといいのかもしれません。

原田さん:「デザイン」という言葉は意味が曖昧で、双方がコミュニケーションをとりながら言語化していくことがこれから大事になると思います。

原川さん:従来のデザイン政策では、声の届かない「岩盤層」への働きかけは諦めていました。今回のシンポジウムを通して、諦めずに様々なコミュニケーションを通してデザインの力や意義を伝えていかなければならないと感じます。

原田さん:完成したものは一度オカンに見せて、オカンが「ん?」となったら岩盤層に届いていないということ。だれのために、何のために作るのかを考えることが大切です。60%その人の立場になって考えるよう心がけています。

ーパネルディスカッションまとめ

新山さん:越前鯖江エリアは半径10km圏内に7つの地場産業が密集する、世界でもかなり珍しい地域。持続可能な産地を作るための戦略として、デザインを活用するとうまくいくのではという仮説を立てています。かっこいいだけのデザインではなく、「売る」までをやるのが現代のデザイナーです。みんながデザイナーになる必要はないですが、デザインとはどういうものかという視点を持っておくといいと思います。

内田さん:デザイナーと伴走すれば産地の未来は明るくなると感じたセミナーでした。皆さんも経営の武器にデザインを取り入れてみてほしいです。

シンポジウム終了後 懇親会の様子

シンポジウム終了後には、懇親会が開催されました。登壇された講師のお2人に熱心に質問される事業者の方がいたり、事業者やクリエイター同士が交流する場になったりと、懇親会は盛況のうちに終了しました。

以上、デザイン経営シンポジウムの開催レポートでした。今後もこちらのnoteにて越前鯖江デザイン経営スクールの様子をお届けします。

(文:ふるかわ ともか)

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