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死ぬまでに読んでおきたい名作④

「本とわたし」シリーズ第四弾📚

誰と出会うか。
ここに人生の行方をはかる上での
運の全てが秘められていると思う。


人生の価値はいずこで決まるか。
それは何を信念とし、実行するかだ。

大学二年の春。
突然、僕の前に現れた一つ上の先輩がいた。

情熱の塊のような人だった。
聞いたこともないような話を次々にしてくれた。何を聞いても明快だった。正直圧倒された。一歳しか違わないのに何だこの人は!と驚いた。

彼は僕に聞いた。

「変わりたい?強くなりたい?」
「はい」と応えた。

それから三ヶ月間、彼に刺激を受けた僕は、自分と正面から向き合い続け、目標を明確にし、読書・勉学を日課に毎日のように人に会った。

先輩の後ろについてたくさんの人に会い、話を聞いた。時には深い悩みを抱えた人もいた。真剣に激励する先輩の姿は生きた授業だった。

人は人のために動いてこそ成長する。

人の悩みに応えることは容易ではなく、体験していない悩みに向き合うには、想いを馳せる力が必要になる。傾聴も極めて大切になる。

「聴」という字には、ゆるす、聞き入れるという意味がある。

そこには常に、自分の本心と向き合うことを余儀なくされ、自己中な考え方、囚われる思考が抉り出される。だから成長するのだと知った。
人の中に飛び込まなくては気づけないことだ。

また、成長する人には大事な要点が三つあることも知った。


一、素直
二、挑戦
三、学び


成長する人としない人の分岐点は素直が最重要なのだ。国内・世界の一流は例外なくこの素直の大切さを訴えている。

「素直」。素直な人は謙虚である。
謙虚であればこそ人から学ぼうとする。愚直にいまを大事にする。

「挑戦」。つまり、行動する人。
向上心を忘れず、己を信じ、人を信じる力。やらずに悔やむことを恐れる人。惰性を恐れる人だ。

「学び」。向学心。
常に学ぶことを怠らず、既成概念にとらわれない。停滞は後退を意味することを知っている人だ。



「人材を育ててこそ、人材である」

「一流に触れろ。一流に触れてこそ人は育つ」

「名著を読め。二流三流の本は読むな」

「いかなる組織もリーダーで全てが決まる」

「青年を育てろ。リーダーが本物かどうか。
それは青年を育てているかで分かる」

「人事は極めて重要だ。組み合わせ如何で組織は変わる。似た者同士を集めてはならない」

「人を動かすのは慈愛である。心である。
策や要領で人は動かない」

「偉大な人物は確かな哲学を持った人だ」

「学びとは人のために貢献するためにある」


これらは、二十代の前半に叩きこまれた、生涯の財産になっている言葉だ。

*

そんな折に人から勧められて手にした一冊。

『小説 上杉鷹山』(童門冬二・著)


上杉謙信を祖にし、江戸時代には、軍師・直江兼続が治めた山形の米沢が上杉家の領地として存続していた名家。

その米沢を舞台に、九州の高鍋藩から養子としてやって来た、九代目藩主・上杉鷹山の改革物語だ。”米沢藩中興の祖”と讃えられている名君として、アメリカ大統領、ジョン・F・ケネディが尊敬した人物としても有名である。

ケネディは、政治家としての振る舞い、何よりも人民の幸福を考え、潔癖な生き方を貫いた改革者、鷹山を尊敬した。

その日常生活を、文字どおり一汁一菜、木綿の着物で通した鷹山の姿に、自分の理想とする政治家の姿を見たらしい。

17歳で当主になった米沢藩の若き藩主・上杉治憲(鷹山)。

その頃の米沢藩は名家の伝統とプライドに縛られ続け、旧態依然とした習慣、財政難にも関わらず豪奢な生活スタイルを続け、貧窮していた。驚くべきことに、名家のプライドからリストラを嫌い、財政の九割が人件費。

重臣の間では、幕府に藩を返上した方がよいのではないかという話が出るほど追い詰められていた。治憲は財政再建のための改革をすることを決断。江戸藩邸から本国・米沢に向かう途中の場面が印象的だ。

倹約質素を実行し、改革を進めようとする主君を重臣たちは快く思っていない。抵抗勢力の壁は分厚い。出迎える人すらいない。農民の活力も感じられず、これからやらんとする改革に暗い影を落としていた。後悔の念が忍び寄った。

駕籠で移動中、煙草盆の中の冷えた灰を手に取った治憲は、米沢の国や、暮らす人々は、この灰のようになっていると感じた。

治憲は、何の気なしに冷たい灰の中を煙管でかきまわした。灰の中に小さな火種がくすぶっていた。それを見て治憲は決意した。

「この火種こそ希望である」と。

火種を新しい炭に移し、
家臣たちにお前たち一人一人が火種になり、
灰のような米沢の国に火を灯してほしいと
語ったエピソードは興味深い。


また、重臣たちから除け者にされていた藩の問題児を集めては側近にした話もまた上杉鷹山の真骨頂である。

古い考えに固執し、重臣の顔色を伺うような人物では、改革の役には立たないと思った。

いかなる苦難にも意志を貫き通すような人材でなければ改革は頓挫すると考えたのだ。

鷹山の凄さはここだけに留まらない。

将来の人材育成のために、財政難を乗り越えたばかりにも関わらず、藩の大反対を受けながら学校再建に乗り出したことだ。

「私の考えている新しい学校は、藩士だけのものではない。もちろん、藩士の子弟も入れるが、同時に、百姓、町人のこどもも入れたいのだ」

藩校・興譲館(現山形県立米沢興譲館高等学校)の誕生である。

改革を進めていく中で、信頼していた家臣の腐敗にも苦しんだ。歴史にも名高い天明の大飢饉にも苦しんだ。

しかし、米沢藩は大飢饉の中で一人も餓死者を
出さなかったと言われる。

緊急自体に備えてあらゆる手立てを講じる。

「安きに居りて危うきを思う」

優れたリーダーは常に用心を怠らない。
少しの油断から事故や大惨事が生まれる怖さを知っているからだ。人の上に立つ者の姿を上杉鷹山は教えてくれる。

優れたリーダーとは、人材を育成する人だ。青少年を大切にするとともに、日陰で奮闘する人を見逃さないことも共通する。また、問題の本質・ファクトをきちんと見分ける力、問題解決への決断力、そして、目標を果たした後に見える景色を示す人だと。

若いときに誰と出会うか。誰に近づくか。
誰のために戦うか。どんな本を読んだか。

極めて大切だと確信込めて書いておきます。

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