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【未来の医療へつなげ】たんぱく質を変異させて結晶を生み出す技術

世の中には派手な研究と地味な研究があります。

派手な研究はわかりやすく、様々な科学系ウェブサイトに取り上げられて、場合によってはSNSなどでも話題になります。

しかし、世の中にはそんな派手な研究は多くなく、地味で目立たない研究もあるものです。そんな地味な研究が積み重なって大きな技術が生まれるのであれば、やはり地味な研究も大事なんですよね。

ちょっと前置きが長くなりましたが、今回はそんな地味な研究を紹介したいと思います。

地味とは言えども、今回紹介する技術はバイオナノテクの分野では1つの潮流といえるでしょう。

たんぱく質を変異させて自由に操る

今回紹介する論文は、たんぱく質を一部変異させて結晶を作り出す技術です。

何やら危ない雰囲気がする言い回しですが、そんなことはありません。

それでは見ていきましょう。

今回注目しているたんぱく質はフェリチンと呼ばれるものです。一般的にはあまり聞きなれない言葉かもしれませんが、フェリチンは生物学・医学・ナノテク分野ではとても有名なたんぱく質です。

wikipediaより引用

一言で説明するとフェリチンは殻状のたんぱく質といわれ、球体の殻のような形を敷いているたんぱく質です。さらにその内部には酸化鉄のナノ粒子を内包することもできるといった面白い特徴を持ちます。

研究グループはこのフェリチンの一部に変異を加えて、人工的に結合する手のようなものを作りました。

この手のようなものを作ることで、フェリチンは環境によって互い手をつなぎ結合することができるようになるんです。つまり、人間の力でフェリチンに新たな性能を追加して、自由に操ることができるようになったということですね。

なぜ変異させるのか

おそらくここまで読んでくれた方は、「そもそも、どうしてそんなことをしなければならないの?別に操る必要ないよね」と思うでしょう。やはり地味な研究はそこがわかりにくいのが弱点です。

今回の研究で何か新しいデバイスができたとか、新しい薬ができたとか、そんな話はありません。しかし、生体の中にはたんぱく質が結合した構造というのは多数存在しています。

その中の1つに、S層と呼ばれる構造があります。これはたんぱく質が平面上に規則正しく配列した構造で、細胞の特性にも影響を与えるようなものです。

この研究では、自然に生まれる不思議な規則構造をまずは人工的に作れないか、と試しているといってもよいでしょう。直接、面白い特性が出なくても、この技術を応用すれば、他のたんぱく質を使って新しい材料を作ることができるようになりますよね。

ちなみに論文では、がんの治療や検査に利用できるような材料などを周辺領域の研究として挙げています。

変異したたんぱく質を結晶化

少し脱線しましたが、この研究のメインの内容であるフェリチンの結晶について紹介したいと思います。
先ほど出てきたS層のようにたんぱく質が規則正しく並んだ構造を作るのが今回の研究の目的です。

一部変異したフェリチンはジスルフィド結合という相互作用で、互いに結合することができるようになります。この結合は酸化に伴い発現し、球殻状のフェリチンが平面上に規則正しく配列して結晶構造を作ることができるようになったんです。

フェリチンの2次元結晶

言葉で書くと結構簡単にできそうなものですが、フェリチンのサイズはナノスケールです。当然目で見ることもできませんし、ウイルスよりも小さな粒を規則正しく並べるのは簡単なことではありませんよね。

ただ、たんぱく質に変異を与えただけではきれいな結晶はできないようです。もう少し詳細を説明すると、この研究では、試薬を加えて反応のスピードをゆっくりにしています。この反応スピードが速いと結晶ではなくてぐちゃぐちゃな構造(アモルファス)になるということがわかりました。

さらに研究グループはもう1つ重要なことを調べました。それは、この結晶化したフェリチンを還元すると元の状態に戻るということです。生体分子に関する研究だからなのか、人為的な操作に対する影響をいろいろ調べています。

酸化還元によるフェリチンの結晶化と分散

例えば、変異を与えた時点で殻状のフェリチンの構造が変わるという可能性もありましたが、それがないことも調べています。

このように、今回の研究では、人為的にたんぱく質に変異を与えて、生体で起こるような規則正しい結晶構造を作ることに成功しました。

最後に

この技術が直接医療デバイスや薬になることはないかもしれません。しかし、人為的にたんぱく質を制御して思い通りに並べることができる技術はとても有用な技術の1つであるといえるでしょう。

私は専門が近いところにあるので、この論文を読む機会がありましたが、全然関係ない人も全く興味がなかった人も、ちょっと地味な研究を面白がってくれたらうれしいですね。

参考文献(図は以下より引用)
Disulfide-mediated reversible two-dimensional self-assembly of protein nanocages

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