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【未来のドラッグデリバリー】結晶をつかって薬の放出を制御する

医薬の進歩はすさまじく、研究者たちは様々な分子を患部に確かに届けるべくいろんな工夫をしています。

以前、薬を結晶のカプセルに埋め込む研究を紹介しましたが、そもそもどうやって小さな分子をカプセルに埋め込むのでしょうか?

そしてその結晶のカプセルにはどんな効果があるのでしょうか?今回はそんな、結晶カプセルの生まれ方と薬の安定性について調べた研究を紹介したいと思います。

結晶カプセルの生まれ方

注目する結晶カプセルには2通りあります。1つは無秩序に集まった酵素の周辺で結晶が生まれ、その後結晶の外側にカプセル化した酵素がくっつく方法、もう1つは酵素の周りに生体高分子を使って結晶化を誘起させて、結晶内に酵素が埋め込まれていく方法です。


HmIMとZnイオンの比が(上図)高い場合、(下図)低い場合(参考文献より引用)

かなりわかりにくい表現になってしまいましたね。もう少しかみ砕いて紹介しましょう。肝になってくるのは原料となるHmIMとZnイオンの比率だそうです。

HmIMとZnイオンの比が高いときが1つ目の方法であり、ここでは大きな分子である酵素分子が結晶カプセルの原料となるイオンを引き連れて無秩序に集まってきます。するとここで、結晶の原料となるイオンによってアモルファスが形成し、それが結晶が成長に変わります。※

一方で、大事な薬となる酵素の方は結晶成長の終盤で、イオンによってカプセル化されたのち結晶の表面付近に取り込まれるようです。そのため、あくまで結晶があるところに最後に吸着・吸収されているイメージなので、全体としての結晶性が高くなります。

イオン比が高い場合、結晶性が高い(参考文献より引用)

反対にHmIMとZnイオンの比が低いときは、酵素の周りで原料イオンのアモルファスの粒が形成し、それをもとに酵素ごと一緒に結晶成長が進みます。そのため、結晶からすると不純物となる大きさの違う酵素が結晶内に初めから入り込むため、結晶性の悪いカプセルが出来上がります。

イオン比が低い場合、結晶性が低い(参考文献より引用)

やはりナノの世界の話なので、ピンセットで入れるとか、注射器で注入するとかそういったスケールの話ではなく、あくまでミクロな結晶成長の仕方によって薬となる酵素の入り方が変割ります。そして、これらの酵素を保護する役割を持つ結晶カプセルのでき方によっても薬の効き目が変わってくるらしいんです。

研究グループは後から酵素が入り込んだ結晶カプセルと、初めから酵素を取り囲んだ結晶カプセルの違いを様々な観点から調べました。

結晶の生まれ方による安定性の違い

結晶カプセルの安定性はその組成や結晶構造によって決まります。低分子薬の結晶では結晶多形と呼ばれる分子配列の違いを上手に制御して体内での溶けやすさを設計しています。一般的に水への溶けやすさである溶解度などの物性が結晶構造によって変わるんですね。

これはMOFの結晶でも近いところがあるようです。

酵素が入り込むタイプの結晶カプセルは原子が規則正しく並んでおり結晶性が高いため、安定性も高いということがわかりました。結晶の安定性が高いということは同時に、中の酵素を放出する能力が低いということです。

一方、酵素を覆うタイプの結晶カプセルは原子が一部不規則に並んでおり、結晶性が低いところが多々見られたようです。これは安定性が低く、同時に酵素の放出性能が高いことを意味します。

結晶の作り方の違いが結晶性(=どれくらいきれいな結晶か)に影響を与えて、薬として作用するであろう酵素の放出性能に違いが生まれることがわかりました。これはどちらがいいというわけではなくて、時と場合に合わせて適切な結晶カプセルを選ぶということになります。

必要に応じて、結晶の作り方を変えて、酵素の放出の仕方を制御することができれば、これまでよりも正確に患部の近くまで薬を届けることが可能になります。そんな技術につながる研究ですね。

最後に

今回は、結晶カプセルの生まれ方と薬の安定性について見ていきました。従来の低分子医薬(結晶)から現在ホットな企業での研究開発は核酸医薬などのやわらかい物質にシフトしつつありますが、将来的には結晶と酵素や核酸といった高分子の知見を合わせた科学領域が製薬分野でも大事になってくるかもしれませんね。

今回紹介した技術はまだまだアカデミックの研究領域になるので、基礎的なレベルを超えていません。
しかし、私たちが服用する薬の中に今回紹介したような新しいタイプの結晶カプセルを使った医薬品などが候補として選ばれるのも近い未来起こる可能性があります。

科学の進歩は一朝一夕にはいきませんが、陰で応援していきたいものですね。

参考文献

メイン論文1:Atomically unveiling the structure-activity relationship of biomacromolecule-metal-organic frameworks symbiotic crystal
論文2:Direct Observation of Amorphous Precursor Phases in the Nucleation of Protein−Metal−Organic Frameworks

※メインで紹介している論文1ではsolid-state transformationとあるのでアモルファス→結晶転移かと思いましたが、そのもとになる論文2では溶解ー再結晶のメカニズムとありちょっとどちらなのかよくわからないです…どちらにしても機序としては初めから酵素分子が結晶に取り込まれるわけではなく、終盤で結晶に覆われて取り込まれていくイメージではあるはずで、この場合、主にイオンによる結晶成長が進んでいるため、結晶性が高いのではと考えられます。

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