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【未来の医療】身体になじむ人工細胞膜を作る技術

医療の発展の1つの課題として体の中のことをしっかりと理解する必要があります。一方で、医学・生物学の分野というのはいまだにとっても複雑で研究者の中でも理解がまだ進んでいない領域でもあります。

そんな医療や生物学の領域で重要視されるものの1つとして細胞がありますよね。みなさんも細胞自体は聞いたことがあると思いますが、いまだにこの細胞についてわかっていないことがたくさんあります。

今回紹介するのは細胞をより深く理解して、生体内の医療の手助けとなる新しい医療材料の開発に取り組んだ研究です。

それではまずはざっくりハイライトを見ていきましょう!

ハイライト

細胞の構造や働きを研究するために、細胞膜という薄い脂質でできた膜を制御してやる必要があります。この脂質でできた膜のことを脂質二重膜といい、これは自然な膜の性質を持ち、丈夫で使いやすいことが知られています。

そもそも脂質二重膜とは?という方は以下の記事をご覧ください。

加えて生物の反応を調べるのに、脂質二重膜に生物にある受容体やシグナルを持った物質を組み込めることも知られています。

今回注目するのは細胞同士をくっつけるための細胞外マトリックスという成分です。これを細胞の膜を構成する脂質二重膜に組み込むことで、ただの膜ではなく生体内で機能する(他の細胞にくっつく)人工模擬細胞のようなものを作ることができます。

そして、この人工細胞膜は3Dスキャフォールドとして再生医療に役立てられる可能性もあるそうです。スキャフォールドとは一般に土台や骨組みといった意味ですね。

それではどうやってただの脂質二重膜に細胞にくっつく能力を与えてやるのでしょうか。今回はそんな脂質二重膜の改変を行った面白い研究を紹介したいと思います。

実験方法

まず初めにこの研究では、マウスの脂肪組織の細胞外マトリックスを使います。ここでできた細胞外マトリックスとは細胞を収納する枠組みのようなもので、ECM; Extracellular matrixといいます。

この細胞外マトリックス(ECM)を細胞からはがした状態を脱細胞化細胞外マトリックス(dECM)というそうです。これが今回紹介する論文の重要なキーワードになります。

参考文献より引用

ここでは簡単のためにECMもdECMもまとめて細胞外マトリックスと記載しますね。

脂肪組織から作った細胞外マトリックス(dECM)を使って、これを脂質二重膜に共有結合させます。次に、研究グループはこの脂質二重膜をQCM-D技術と呼ばれる水晶を使った装置で測定したり、蛍光を使ったFRAPと呼ばれる方法で測定を行いました。

簡単にいえば、水晶振動子や蛍光を使った方法で目にも見えないぐらいミクロなレベルで脂質二重膜の状態を詳細に調べることができたということです。

その結果、細胞外マトリックス(dECM)が脂質二重膜の表面にアミンカップリングされることがわかりました。さらに、QCM-D技術を使用して、細胞外マトリックス(dECM)成分が脂質二重膜に吸着することが確認できたようです。

結局何が嬉しいのか

研究により、細胞外マトリックス(dECM)を含む脂質二重膜が構築されました。細胞接着実験により、細胞が脂質二重膜上に適切に付着することが確認できました。これができることでいったい何が嬉しいのでしょうか?

この新しい能力を付与された脂質二重膜は生物学的接着部位を提供するための有望な候補であり、細胞の成長と機能を維持するために使用できると言えます。

これらをまとめると、脱細胞化した細胞外マトリックス(dECM)成分を機能化した脂質二重層を作製し、細胞表面を模倣した基板を開発しました。

また、細胞外マトリクス(ECM)の結合後も二層膜は流動性を保っており、これは細胞間相互作用の研究を可能にします。

今回の研究で作製された新しい脂質二重膜は、標準的なプラスチックやガラスの培養プレートと比較して、細胞外マトリクス(ECM)を介した反応が不可欠な生物学的要求の高いケースにおいて、バイオ不活性プラットフォームを凌駕する可能性を持っています。

最後に

今回は細胞外マトリックスを細胞膜の成分でもある脂質二重膜に組み込むことで、まるで体内で働くことができる脂質二重膜材料を作る研究を紹介しました。

小さな積み重ねですが、このような研究が将来の医療に使われると期待したいですね。

参考文献

Hybrid Biomimetic Interfaces Integrating Supported Lipid Bilayers with Decellularized Extracellular Matrix Components

ChatGPT-assisted Journal Reading

おまけ:測定手法の測定

ここでは途中で登場したQCM-DとFRAPについてざっくりと紹介したいと思います。もともと本編に着けてましたが蛇足になると思いおまけです。

QCM-Dとは水晶振動子マイクロバランス法という方法で、その名の通り水晶を使った測定手法です。この手法を使うとナノレベルで薄い膜や物質のふるまいを調べることができるんです。今回は薄い脂質二重膜の状態を調べるために使われています。

もうちょっとだけ詳しくQCM-Dについて説明してみましょう。そもそも水晶は電気を流すと一定の間隔で振動することが知られています。この技術を応用したのが一定の時間を刻む水晶時計ですね。

この水晶振動子の表面に少しでも物質がくっついたり離れたりすると振動の様子(振動数)が変化します。この表面上のわずかな変化を敏感にセンシングすることができることを利用して脂質二重膜の状態を調べるのに使われるわけですね。

また、タンパク質や細胞などの移動を調べるために、FRAPという技術を使います。これは、蛍光物質を使った脂質膜の流動性を測定する手法です。脂質二重膜というとフィルムのようなものを想像するかもしれませんが、実は二重膜を構成する脂質分子は流動的に動いています。

この脂質分子に蛍光物質を混ぜておき一部に光を当てると、光が当たった部分だけ蛍光を発することができます。一方、脂質分子は常に動いているので、時間が経つと蛍光を発する脂質分子は拡散して、蛍光がぼやけて(弱くなって)行くんです。

この様子を観察して脂質膜の流動性を測定するのがFRAPと呼ばれる方法です。

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