ハロウィンの夜は一緒に踊ろう【ホラー・短編小説】
うちの学校の文化祭は、ちょっと変わってる。秋に行われるというのは、まあ普通だと思うんだけど、二日目の日程が、必ずハロウィン……十月三十一日になるように設定されてるんだ。必ず、だよ。他の学校の文化祭を見てると、一日目は金曜日、二日目は土曜日になるようにされているのに、うちの学校はハロウィンが軸だから、例え一日目や二日目に日曜日が被ろうとも、強気の設定をしてくるんだ。もちろん代休はあるけど、変わってるよね。なんでも学校の創設者が無類のハロウィン好きだったとか。
日程だけじゃなくて、内容も変わってるんだ。まず、参加者は必ず何らかの変装をしなくてはならない。あ、一般来場者は別ね。対象はあくまで生徒たち。正直、これはすごく面倒。そういうのが好きな人なら多分問題ないんだろうけど、私みたいにイベントごとはテキトーに通過したい人間にとって、かなりの鬼門。でもまあ、どんな変装でもいいってことだから、カボチャが付いたカチューシャをひとつ付けとくくらいで済ます人もたくさんいる。私も、毎年そうやってきた。
次に、参加者はお菓子を持参して、例の合言葉を言われたら必ず渡さなくてはならない。例の合言葉っていうのは、あれね。分かるでしょ。もう、この決まり事のおかげで、毎年、無駄な出費がひどい。だいたいみんながお菓子を持っていること前提だから、顔を合わせれば遠慮なく、合言葉の乱れ打ち。後半になったら持参したお菓子はもうなくなってしまって、誰かから貰ったお菓子を渡すことになる。そうやって回りに回ったお菓子は、最終的に誰の手元に残っているのだか。少なくとも、私は最初に用意した分以上が手元に残ったことはない。
ね、変わってるでしょ。ここまでだけでも同意してもらえると思うんだけど。でも、一番変わってるのは、二日目の最後に行われる、キャンプファイヤー。私たちは簡単に「焚火」って呼んでる。子供たちの声がうるさいなんて苦情が来る世の中で、よく校庭での焚火を続けていられるなとは思うんだけど、うちの学校の経営手腕はちょっと、変わってるなんてレベルじゃなく凄いみたいだから、まあ気にしないでおく。一説によれば、薪の組み方が特殊で、煙も光も校庭から漏れたことがないとか。加えて、焚火の最中は「無言」が徹底されているから、苦情のしようもないのかもしれない。
そう、「無言」なの。普通、こういう催しって、みんなで交流するのが目的じゃない? なのに、私たちは焚き火を囲んで、先生方が焚き火を消すまで、ただ無言で踊ってなきゃいけない。踊るといっても、笑い声さえ咎められるのに、楽しくできるわけもない。何かの儀式のように、私たちは粛々と火の周りをぐるぐるぐるぐる、パートナーを替えて踊り続けるばかり。しかも、音楽なんて洒落たものはないの。パチパチと火の爆ぜる音と、最初にみんなで合わせたリズムに乗って、あとは進むだけ。
あー変わってる。
こんな風に、もうただでさえ変わってる文化祭には、さらに変わった「いわく」がある。それは。
「ほら、あそこ。一昨年亡くなったはずの、教頭先生が混じって踊ってるわ」
無言の踊りの三周目にパートナーになった、黒髪美人の一年生が、私の耳に口を寄せ、そっと囁いた。ああ美人だなあ、美人と踊れて幸せだなあ、なんて呑気に思っていた私は、心臓が跳ねるのを感じた。美人の囁きはそれだけでどきりとするのに、その内容がまた、どきどきさせられる。
黒髪美人の視線の先を辿ると、たしかに、いる。一昨年亡くなったはずの、教頭先生。薄い頭に、低い身長。眼鏡の奥の目は、笑っているのかどうなのか。ただ、黙々と生徒に混じって踊っている。パートナーになった生徒たちは、気づいていない様子だ。
「この文化祭には、死者が混じってるのよ。みんな変装させられるのは、それに気づかないようにってことなの。焚火は、生者と触れ合える唯一の機会だから、死者たちはとても楽しみにしているみたいね」
よくよく見ると、黒髪美人は、生徒の間で話題の『霊感美少女』だった。自ら霊感があると話し、その神秘的な印象と口調から、一部ではファンクラブまで作られているとの噂だ。
「無言」の取り決めをものともせず、黒髪美人は囁きを止めない。
「あの教頭先生は、いじめを苦にして自殺した生徒のことを気に病んで、首を吊ったんですってね。新聞で読んだわ。きっと、悔やんでも悔やみきれず、毎年この学校の生徒の様子を見に、帰って来ているのでしょうね」
私は、黒髪美人の手の温度を感じながら、その洞察力に感心した。普通、幽霊なんて見たら怖くて、その背景にどんな事情があるかまで、考えを巡らせることはできない。少なくとも、私が今まで見てきた数名の霊能力者は、そうだった。
だから、幾分かの敬意を込めて、私も彼女に囁き返す。
「あいつは、自殺した生徒に酷いことをしていたの、知ってる?」
「え?」
黒髪美人は、ぱちりと瞬きする。その目は、初めてまともに私を見た。私の首についた、もう永遠に取れない縄の跡を見た。
「自殺した私は、あいつの夢枕に立ってやったのよ。毎晩、毎晩。恐怖のあまりおかしくなって、あいつは死んだの。誰も知らないだろうけど」
黒髪美人の目が、見開かれる。私は彼女に笑いかけて、その手を離した。そろそろ、あいつと踊る順番が近づいてくる。私の呪いによって、死んでも私から離れられなくなったあいつが、泣きながら私と踊る時間が近づいてくる。
うちの学校の文化祭は、変わってる。
でも、そのお陰で、私は毎年、とても楽しませてもらってる。生きてるみんなは、気をつけてね。ううん。死者に、じゃない。
死んでも自由になれない呪いを、返されるようなことをしないように、ね。
いただいたサポートは、私の血となり肉となるでしょう。