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エキナセア(誕生花ss)

 戦場は土煙と爆炎と血と死の臭いでいっぱいだった。おれは匍匐したまま鉄帽を目深に下ろして、ただじっと、相手の射撃音が絶えるのを待つ。遮蔽物は既に穴だらけで、今おれが息をしていられる理由が、よく分からなかった。怖気付いて真っ先に逃亡を図った仲間も、隣で悪態をついていた仲間も、既に息絶えてしまっている。
 銃声が止み、おれはただ夢中で肘と膝を動かした。さっきよりはマシな遮蔽物の陰に逃げ込んで、ようやく息を整える。
 おれが落ち着いてしばらく経った後にも、銃声が聞こえることはなかった。それでも安心することは出来ない。気を緩めて出した頭を蜂の巣にされるかもしれない。
「敵は目的を遂行したと判断し、撤退しました。もう大丈夫ですよ」
 傍で優しげな女性の声がして、思わず銃を構えてしまった。女性……いや、姉の姿をした看護ロボは、銃口を突きつけられてなお穏やかに微笑んでいる。
「悪い……バレンか」
「良いのですよ。私は硬いですから」
 微妙に話が噛み合わないのはいつものことだが、そのいつものことが、今はこんなにありがたい。
「手当てします」
 バレンはおれの服、というかボロ切れをまくり、内蔵した処置道具で的確に処置を始めた。消毒液が滲みるが、今さらそんなことに反応などしない。ただ、おれはその腕にしがみついた。
「目の前でみんな死んだ……助けられなかった……みんな、おれを見つめていたのに……」
「痛いですね」
 おれのストレスが最も軽減される姿をとったバレンは、おれの身体的・心理的ダメージを計測し、緩和する方向に働く。けれど、その語彙は元々備えられたものでしかない。
「すみません。身体の傷は治せるのですが、内側の傷を治す手助けが、出来ないのです」
 おれの額の傷口を素早く縫い付けながら、バレンは謝る。
「血が出ています。痛いですね」
 ああ、痛い。でも、バレンの言葉が、内側の傷をそっと撫でようとしてくれている気がする。
「すみません。沁みましたか」
 バレンの腕にしがみついたまま、おれはその胸元にうなだれ、いつまでも泣いた。

 10月7日分。花言葉「あなたの痛みを癒します」。

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