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55日間外出禁止中、シェフの夫は何を作っていたか。 〜4月7日馬肉ステーキ

 外出禁止開始から22日目。次の日から、パリ市内では朝10時から19時までの路上での運動(ランニングやウォーキング、サイクリング)が禁止になった。外出範囲は、自宅から半径1km以内だ。朝9時ごろにモンマルトルの丘の上に行くと、ランナーだらけで余計に身体に悪そうだった。

 皆考えることは同じ。どうせ走るなら、眺めのよいコースを走って、少しでもストレスを軽減したい。それに、サクレクール寺院からパリを一望し、広い空を眺めると、こもりっきりの生活も少し頑張れるような気がした。

 この日は最寄駅のギイ・モケにある商店街へ買い物へ行った。高級な商店街とは言い難いが、そこそこいい店が揃っている。肉屋も数軒あり、それぞれ特徴があるのだが、そのうちのひとつは珍しい馬肉の肉屋である。パリでも数軒しかないらしい。

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 店先には馬肉屋(Boucherie chevaliene)と書かれてはいるが、実際には専門店ではなく鶏肉や豚肉も売っている。おそらく昔は本物の専門店だったのだろう。しかし、今では馬肉を食べるひとが減っているので、他の肉も売っていると思われる。

 ここの肉はいつも新鮮で品質もよく、焼きはもちろん、タルタルステーキとして生でも美味しく食べられる。肉はとても柔らかく繊細だ。母が馬肉食文化のある熊本出身のため、わたしは小さい頃から馬肉をよく食べていた。馬肉は、すべての肉の中でもっとも美味しいものの一つだと信じて疑っていない。

 しかし、フランス人に馬肉を食べるといえば、大抵ドン引きされる。「ええ!あんなに可愛いのに?ひどい!」と。多くのフランス人は、不思議なくらい馬が好きだ。馬は乗り物であり、パートナーであり、農耕の友。それを食べるなんて、なんという人非人かと責めるひともいた。それ以来、馬肉の話はフランス人にはしないようにしている。

 とはいえ、最近はフランス国内でも、馬肉は他の肉に比べてヘルシー、と復権の兆しもあるらしい。よく調べてはいないが、歴史ある馬肉食文化を途絶えさせないようにしてほしいものである。だって、美味しいから。

 少しサシの入った部分の肉を買い、塊のままバターかオイルでサッと焼いてステーキにする。肉汁にしょうゆを加えてソースを作り、そして、揚げたニンニクと刻みネギをたっぷりかける。肉そのものがいいと、調理はシンプルなのがいい。そこは、夫と同意見。噛み締めると、やわらかい肉からジュワッとうまみに満ちた肉汁が出てきて、とっても幸せな気分になる。

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 ごはんのおかずにもいいが、ここはワインで。グルメなコート・デュ・ローヌのロゼを合わせる。肉の味があっさりした馬肉には、赤よりも、しっかりしたテクスチャーと味を持つロゼが、自分好みの組み合わせである。(飲んだ後の写真で申し訳ないが、ビンの中には確かにピンク色の液体が入っていた。)

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 食後には、夫とふたりでスーパームーンを見た。家の電気を全部消して、建物の間から見えたり見えなかったりする月を、窓辺に座ってじっと眺める。天体のショーを見て一喜一憂することなど、大人になってから一度もなかった。生まれて初めてしっかり見たスーパームーンは、想像していたよりずっとずっと明るく夜空全体を照らし、神々しくも神秘的に輝いていた。


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