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グラム・ファイブ・ノックアウト 2-1

 殺人鬼になってしまった兄貴であるこの俺が、弟に顔を見せる訳にはいかないよ。
 殺人鬼になってしまったとしても。
殺人を繰り返しているとしても。
兄は兄として存在しなければならないんだよ。
 弟の思う兄を演じるのは疲れるんだ。
 なんてね。嘘、嘘。
 本当は会いたいけれど、ほら、やっぱり殺人鬼の兄貴っていうのも。ほら、なんか、あれだし。
 社会的な体裁というのもあってなんともできないというかさ。分かるだろ、こういうの。俺もそうだけど、弟も必死なんだろうしさ。
 たとえ、会いたいと言われても。
 それを軽々に叶えることが、二人にとって良いことにつながるかどうかは俺には想像もできないよ。
 弟は昔から、自慢の兄なんだ、なんて恥ずかしげもなく言ってたけど、そんなことはないよ。
 むしろ弟がいたから、弟に自分の自慢話を友達とかにしてもらえたらなぁって、頑張った節があるくらいさ。
 殺人鬼になった理由なんてのは、そりゃあ数えればきりがないけれど、そこは別に弟が関係しているとか、そういうことじゃないよ。
 うちの兄がそういうことをしてるみたいです。
 とか。
 うちの兄が世間様を騒がせてすみません。
 とか。
 そうやって、他人に対して自分の兄貴のことを紹介するときは、兄って言葉を使うから、俺が殺人鬼だって世間に知られてからは、そう謝ってるのかなぁとか思ったりはするけど。
 この連続殺人はあくまで俺の問題だよ。
 謝るなんてことはしなくていいのに。
 たぶん謝り続けてるよ、うちの兄が、うちの兄が、とか繰り返しながらね。
 だからやっぱり、こういう立場にはなってしまったけれども、自分の弟であることには変わりないんだ。いつだって兄貴である俺のことを尊敬してくれる、そういう関係性がとてつもなく俺を強くしてくれたから。
 でも、こういう話をしていると、あくまで俺のことがどれだけ凄いかっていうのを間接的に話しているだけになってしまうだろ。そういうのは、あんまり俺も好きじゃあないんだ。
 だってさ。
 まぁ、俺はもう殺人鬼に成り下がってしまったけれど。
 でもさ。
 俺にとっても、自慢の弟でもあるんだからさ。
 今でも覚えてるのは、公園から息を切らしてその弟が走って家に飛び込んできて、手の中の雀を見せたことかな。なんだか羽の所から白い棒のようなものが突き出ててね。
 分かりやすく言うと、その白い棒というのが雀の翼の骨だったんだ。肉を突き破って完全に露出してしまっていたんだね。
 とにかく、助けたいっ、とか叫ぶわけだ。
 まぁ、めちゃくちゃだろ。
 だって、その時は俺だって小さかったし、骨が突き出て人間に簡単に捕まえられるくらいまで弱った息絶え絶えの雀を救う方法なんて想像もつかないんだから。
 参ったよ。
 正直に言って俺が考えたその後の行動は。
 弟からこの雀を預かって、手を洗ってきなよって指示をする。
 その後、雀を外の土の上に置いておいて、明日の朝頃には亡くなるから、そうなったら土に埋めてあげようって思った訳だ。単純に、それしかできることはなかったからね。
 早い話が何にもしないってこと。
 自分を擁護するような言い方になってしまったけれども、それは本当に雀のためでもあるわけさ。
 本当に、その時の雀は微動だにしなかったし、正直、生きているのか死んでいるのかすら分からなかったんだよ。可哀そうだけれど、自分たちのできることと自分たちの行動の限界を冷静に考えた結果、せめて安らかにという結論が出たんだ。
 確かに命を救うことができなかった、というような意味合いの考え方はあるんだけれども。
 間違っているとか、正しいであるとか、そういうことではなく。
 それしかできなかった。
 それしかできる余地が見当たらないと思ったんだよ。
 そしたら。
 そしたらだよ。
 弟が家の本棚を探し始めるんだ。
 なんでだろうと思って見ていたら。
 鳥のお医者さんが出てくる病院の絵本があったから、そこに電話をしようってそう言うんだよ。もしかしたら、どこかにその鳥のお医者さんが経営してる病院があるかもしれないから、助けてもらおうと言うんだ。
 その絵本はフクロウのお医者さんが、麒麟や鼠、カメレオンや白鳥、ゴリラ、最後は人間の患者さんを相手にお薬を出して、健康にしていくっていう話なんだけれども。
 その絵本を見つけて、電話番号はどこかに書いてないかなぁって必死に探してるんだよ。
 兄である俺はただそれを驚きと共に見つめるしかなかったんだけれども、それでも、なんというか見入ってしまってね。
 まぁ、結局雀は死んでしまったし、弟はめちゃくちゃ泣いたんだけれども。
 もう、憶えてないかもなぁ。かなり小さい頃の話だし。実際、俺もかなりうろ覚えだから、完璧に今の出来事を口にすることができたかどうかは、余り自信がないのだけれどもね。
 でも、その時に感じるんだよ。
 あぁ。そうか。
これが優しさなのかって。
 自分にはなく、そして、持っていない人には影も形も見当たらない程の何か。
 それが優しさかって。
 俺にはもったいないくらいの最高の弟で、もうこれ以上のものを求めてはいけないんだろうね。そんなことを思わせてくれるのは友達にもいなかった。それが自分の血の繋がった間柄の中にいたなんて幸運だろう。
 本当に。
 俺の弟として生まれてきてくれてありがとう、と言ってあげればよかったな。
 もう。
 難しくなってしまったけれど。
 どんなに柔らかく照らして俺を温めようとしてくれても構わないから、どうか俺の中身までその優しさで照らさないでほしいなぁ。俺の中にある優しさがどれだけ小さくて歪んでいるかが見えてしまうよ。
 弟がそういえば、数学が分からないとか言っていたから教えたこともあったし、まだ教えなきゃいけない公式はたくさんある。
 あいつは勉強が意外と苦手だから俺の得意な数学くらいは完璧にできるようにしてあげたいんだけれど、今になったらもうもう無理だなぁ。弟は意外と要領が悪いから、そういう時はこうやって行動すれば面倒ごとから抜けられるとか教えてあげたかったのに。
 そういうところが心配なんだよ。
 分かるだろ。
 あいつって、ああ見えてすごく優しいから。
 俺が生まれてくるときに、母親のおなかに忘れてきた優しさをあの弟が全部残さず持ってきたんだろうなぁって、いつも思ってるよ。
 本当に良かった。あんなに優しくて、俺のことを慕ってくれて、それで俺のことを信じてくれるなんて俺の人生の宝ものさ。
 弟も思ってくれているといいな。
 俺のことを宝物だって。
 連続殺人鬼に成り下がっても、兄が、兄がって、周りの人に話してくれていたら嬉しいよ。どんな形でも、それこそ愚痴や不平不満やバカにしていたっていい、兄って言葉が弟の口から出ていて、その話題が俺だったら嬉しい。
 孤独を求めても。
 孤独を求めても。
 孤独を求めても。
 孤独以外の全てまで求めたわけじゃない。
 孤独ではいたかったけれど、孤立はしたくないんだよ。
 我儘言ってごめんな。
 兄として俺は勝手気ままだけど。
兄ちゃんって生き物は、弟がたくさんいればいるほど強いもんだしさ。
 まぁ、俺も最近知ったようなもんなんだけど。
 自分を守ってくれる人のことを守ろうって思うことを、愛っていうんだろうな。
 全くさ。
 俺って結構、優秀なんだよ。どこでテスト受けても、正直、返ってくる答案用紙はほぼ満点だし、いつも誰かに勉強を教えてて自分は何もしてこなかったし。普通の人だったとしても、それこそ連続殺人鬼だったとしてもさ、本当にある程度の高い地位までは何の苦労もすることなく登れるタイプなんだよ。
 でも、ちょっと調子狂うよ。自分の愛する人たちを想像するときはさ、その自分の中の優秀さとか才能の部分とかがさ、少し歪む感じがするんだ。その効率的に動かして無駄なく答えをはじき出す俺の体の意思伝達物質が、少しだけいつもと違う音を立てるんだ。
 奇妙だよ。
 そして奇妙で心地よくて、こういう感覚のまま自分の能力が劣っていくならいいかもしれないって本気で思えるのさ。
 こういうことなのかもね。
 こんなに道を外れても。
 こんなに人を困らせても。
 それでも誰かが向けてくれる愛が、俺の感覚を鈍らせるんだ。
 そのまま殺してくれたらどれほどいいかって本気で思うのさ。
 俺はここから歩いていくんだろうな。
 こういう感覚を引きずりながら歩いていって、どこかで死ぬんだろうな。
 死ぬときに思い浮かべるのは、そうだな愛する人たちの顔以外にしておこうかな。
 もう死ぬって決まったときにその顔を思い浮かべたら。
 未練が残って死ぬに死ねない。
 連続殺人鬼なんてならなきゃよかったとは思わないけどね。
 自分が犯した過ちを数えさせるのが、純粋な愛が持つ呪いなのかもね。
 弟に会いたいなぁ。
 久しぶりにどこかで食事でもしてみたいなぁ。
イタリアンのレストランかなんかに行ってパスタでも食べて、食後にはデザートもいいな。
 そういえば、俺は兄なのかな、それとも、連続殺人鬼なのかな。
 いや。
 自慢の弟がいる幸せな秀才ってことにしておいた方がよさそうかな。


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