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戸惑う中指

餃子が上手く掴めない夜に彼女のことを思い出す

両親は僕に無頓着だったので、気づいたら勝手に箸を握っていた。らしい。なので持ち方は自己流。ものすごく変な持ち方をしていたわけじゃないので、しっかり見られなければ気づかれることはない。

けれど大学2年のときに指摘されて、矯正箸をネットで購入し、箸の持ち方を直した。持ち方の見た目は直ったけれど、持ち方自体は完全に矯正しきれていないようで、箸を使いこなせず、たまに上手く掴めない。


僕の箸の持ち方について指摘した人の部屋に
僕は大学2年の終わり頃まで通っていた。


その彼女は、アイラインは長めに引いて、まつげは上げない人だった。目の形が可愛かったので、まつげが下がっているのが色っぽく映えて、僕はそれがすごく好きだった。
化粧を落とすと途端に子供っぽくなって、普段は強気な彼女が素直で可愛らしくなったような気がしてそれはそれで好きだった。


あの日もいつものように彼女の部屋で彼女の作った夕飯を食べていた。
たしか、なにかしらの焼き魚を食べたような。
鮭だったか、鯖だったか覚えていないけれど。
口の中で小さな骨がチクチクと行ったり来たりしているときに、なんの前触れもなく、彼女が言った。



「お箸の持ち方が綺麗な人じゃないと
 結婚できない」

衝撃を受けすぎて骨を飲み込んでしまったけれど、なりふり構わず僕はほとんど反射で
「な、な、直します!」と答えた。


彼女とは付き合っているわけでもなかったし
手や唇や体に触れたこともなかったけれど、
漠然と、結婚できないのは困る!という強い思いが僕の中にあった。
あった。というよりかは、この瞬間に芽生えた。

僕は彼女のその言葉を受けて、ごちそうさまでした。を言った後すぐにAmazonで矯正箸を購入した。ちなみにもちろんお急ぎ便。
本当は言われた瞬間に買いたかったけれど、ご飯を食べてるときにスマホを触るなんて行儀が悪いと思われるに違いないので、踏みとどまった。


箸が届いて、特訓を始めた。母は急に矯正箸でご飯を食べている僕を気味悪がった。けれどそんなのはどうでも良かった。なんとか箸が持てるようになるまでは彼女のうちに行くのはやめた。彼女と外でご飯を食べるのもやめた。


特訓の甲斐があり
箸を綺麗に持てるようになった頃には、
なんと彼女には背の高い恋人ができていた。

箸の持ち方綺麗になったね。
偉いね。
頑張ったね。
の、どの言葉も彼女から貰えなかった。
作ってもらうはずだった、
僕の大好物の餃子もまだ食べれてないのに。
僕の恋はひどく呆気なく散った。


飲み会でこの話をした最後に

「箸の持ち方全然関係ねえじゃん!
 結局身長じゃんかよ!」

と男にしては身長が低い僕がこう言って泣き真似をすると、みんな大ウケしてくれる。おまけになぜだかこのエピソードは女の子にモテる。だから今では彼女に感謝している。箸の持ち方も直ったしね。


いつかまた彼女とご飯を食べることができたら、そのときは褒めて貰えるように、また特訓を再開しようと思う。

百発百中で餃子が上手く掴めるように。

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