電車で隣に座った人が抱えているかもしれない混濁した記憶

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    つづきは別のサイトに。またはどこにも載せません。 読んでくださった方々、有難うございました。

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バトン

父は母のことが本当に好きだったらしい。 可愛くて好きで好きでしょうがなかったらしい。 父は母と出会い、当時同棲していた彼女を追い出して母に猛アプローチしたらしい。 「職場ですっげえモテてさ、めっちゃ焦ったわ」と父は語った。 私が生まれたとき、父はまだ21歳。私は来年21歳。とてもじゃないが結婚とか子供とか考えられない。 「21歳で結婚とか子供とか怖くなかったの?私が男だったら不安で逃げたくなっちゃう。腹括って偉いね。有難う。」 「腹括ったのはみのりだよ。俺はさ、お腹に子供

    • 春のベッドの上は夏だね。って彼が水飲みながら言った。

      • 乾いた夜に会えたらよかったね

        • 靴紐が乾く頃に

          19にもなって、靴紐がうまく結べなかった。 10月。雨が降っていた。 彼女と出会う以前に見た夢は 全て忘れてしまった。 玄関とも言えないくらい狭い玄関で 彼女は僕にいつもの別れの挨拶をすると 僕の首に回していた細い腕を解いて しゃがみこんだ。 彼女の髪がすこし揺れて 淡いシャンプーの匂いがした。 別れの挨拶のときに感じた 唇と鼻の間の匂いのほうが好きだった。 彼女は僕の薄汚れたスニーカーの靴紐を 手際よく結びなおす。 彼女が力を入れて輪っかを引っ張って締めると 縦になってい

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          ブレーキランプより赤いもの_女の住む家

          うちへ帰ると、昼休憩中の母が居間で祖母と話していた。祖父はいつも蚊帳の外で、一人テレビを観ている。昼間のワイドショー。若手演技派俳優の不倫ネタ。祖父は、横顔でも分かるほどに「くだらない」という表情をしているが、チャンネルを変えることはない。きっと祖母が観ていたのだろう。祖母の関心は完全にワイドショーではなく母との会話に向いているが、祖父がチャンネルを変えればすぐに気づき、小言を言うに違いない。うちの男は女に振り回される人生を送るようだ。祖父はこのうちで唯一の僕の理解者であるが

          ブレーキランプより赤いもの_女の住む家

          ブレーキランプより赤いもの__ずっと夜の部屋

          蛍光灯切れた ミカミからメッセージが来てアラームよりも1時間早く目が覚めた。 ミカミからのメッセージは唯一、通知が鳴るように設定してある。 ミカミはうちから歩いて5分もかからない距離に住んでいる同じ大学の女だ。 僕は絵画科で、ミカミは彫刻科なので、大学で頻繁に顔を合わせることはなかなかない。 替えあるの? ある。 コンタクトつけたら行く。 タバコ買ってきて。 わかった。 昨晩床に脱ぎ捨てたジーンズの抜け殻に足を入れて、洗濯したばかりのパーカーをハンガーから剥ぎ取り、T

          ブレーキランプより赤いもの__ずっと夜の部屋

          1つの物語を書くことに集中したくてnote離れていたのですが大切な人の誕生日なのであげました。べつに喜んでもらえるなんてそんな烏滸がましいことは思っていないけれど。気持ちを伝えるのも言葉を伝えるのもぜんぶ私のエゴ。大切な人を大切にできないどころかひどいことをしてしまうしね。

          1つの物語を書くことに集中したくてnote離れていたのですが大切な人の誕生日なのであげました。べつに喜んでもらえるなんてそんな烏滸がましいことは思っていないけれど。気持ちを伝えるのも言葉を伝えるのもぜんぶ私のエゴ。大切な人を大切にできないどころかひどいことをしてしまうしね。

          指先を巡る

          「減るもんじゃないし」 なんて言うけれど、減るもんってなんだろう。 マッチ棒、香水、インク、、 それこそ財布の中身?口座の残高? でもそんなものは、減ったら増やせば良いだけだ。買い足すだけのこと。 一生増やせないわけではないのだから、 減ったってちっとも痛くも痒くもない。 悲しいことに、「減るもんじゃないし」という言葉を皮切りに始めたり、言い訳にするアレコレこそが、僕からしたら、そこはかとなく減るし、 一生増やすことはできない。 100歩譲って減るもんじゃないとして

          指先を巡る

          同じ糸でも、色違いの糸を持ち寄ったら愛にはならないから、結ぶ前に色違いだって気づけて良かった。

          同じ糸でも、色違いの糸を持ち寄ったら愛にはならないから、結ぶ前に色違いだって気づけて良かった。

          戸惑う中指

          餃子が上手く掴めない夜に彼女のことを思い出す 両親は僕に無頓着だったので、気づいたら勝手に箸を握っていた。らしい。なので持ち方は自己流。ものすごく変な持ち方をしていたわけじゃないので、しっかり見られなければ気づかれることはない。 けれど大学2年のときに指摘されて、矯正箸をネットで購入し、箸の持ち方を直した。持ち方の見た目は直ったけれど、持ち方自体は完全に矯正しきれていないようで、箸を使いこなせず、たまに上手く掴めない。 僕の箸の持ち方について指摘した人の部屋に 僕は大学

          戸惑う中指

          いつかの下書き。没の供養。

          去年書いてあった掘り出し物 「5月、朝5時、手を振りながらわたしを見送った眠そうな彼の顔が頭にこびりついている。いつも雨が降っていたのにあの朝だけは晴れていた。あれから何度も何度も、洗っても擦っても削っても落ちない。どうやら無理やり剥がすしかないみたい。でも無理やり剥がしたりなんかしたら、わたしの一部も一緒に剥がれて、彼の形をした凹みができるのは分かりきっている。どちらにせよ痛みは残るし、忘れることはできない。という事実はどうしようもなく、痛い。とはまた違う。 彼を忘れて軽

          いつかの下書き。没の供養。

          明け方、宇宙が咲く

          手を振って別れる6分前  わたしたちを乗せた電車は、夜なのか朝なのか、 はっきりしない色で染めあげられた空から逃げて、地下へと潜る。 目の前の窓を見やると、わたしだけが映っていた。目が合ったけどすぐに逸らした。 彼は右隣にいるはずなのに姿を見せてくれない。ただ単に彼がぎりぎり映らない位置に座っているだけだったけれど、酔った頭は、現実なのか夢なのか、判断がつかなくなって混乱して、そして、わたしは、祈った。   4秒間だけ目をつぶって、 「どうか今夜だけは夢なんかじゃありま

          明け方、宇宙が咲く

          「そういう愛がいいんだよ」

          「そういう愛がいいんだよ」

          汚い街で晴れた朝 君の隣で乾く唇 二人に夜は来ないから 乾いたままで愛したい

          汚い街で晴れた朝 君の隣で乾く唇 二人に夜は来ないから 乾いたままで愛したい

          ハイボールの海にフラッシュの月 白く濁る氷の月暈

          ハイボールの海にフラッシュの月 白く濁る氷の月暈

          あと5分寝たいだけ

          毎朝、彼女の目覚ましが大音量で鳴り響くたびに、彼女のことが少しずつ嫌いになる。朝一番に彼女のスマホに触れる人間が、持ち主である彼女ではなく俺だなんておかしい。と思いつつアラームを止める。彼女のロックがかかったスマホの画面は出会ったときから1年経った今も変わらず初期設定の写真のままだ。そのことに不思議な安堵感を覚える。 彼女のスマホに触れた後、仰向けに眠っている彼女を優しく引っ張り、抱きしめる。 抱きしめると大体彼女は目を覚ます。 なんで?って?それは俺が聞きたい。 「彼女

          あと5分寝たいだけ