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指先を巡る

「減るもんじゃないし」

なんて言うけれど、減るもんってなんだろう。

マッチ棒、香水、インク、、
それこそ財布の中身?口座の残高?

でもそんなものは、減ったら増やせば良いだけだ。買い足すだけのこと。
一生増やせないわけではないのだから、
減ったってちっとも痛くも痒くもない。

悲しいことに、「減るもんじゃないし」という言葉を皮切りに始めたり、言い訳にするアレコレこそが、僕からしたら、そこはかとなく減るし、
一生増やすことはできない。

100歩譲って減るもんじゃないとしても
元には戻らない。
だから世間の「減るもんじゃない」コトやモノについては着手する前にことさらよく考えたい。
あくまでも僕の自論だけど。




先週、いつものように僕の部屋で彼女と過ごしていた。観ていた映画をキリのいいところでとめ、へたったソファと彼女が持ってきた柔らかいオレンジ色のブランケットの間をするりと抜けて、窓辺に座り、煙草をくわえた。勝手にビデオを一時停止しても彼女は何も言わない。むしろ優しく口元を緩ませる。
暗い部屋でスクリーンの光に照らされている彼女の横顔に目が眩む。スクリーンに映っているメグ・ライアンよりも断然綺麗だ。
テーブルの端にあるライターに目をやると、気づいた彼女がそれを手に取って僕のそばに来た。
そして彼女がそのまま僕の煙草に火をつけると、僕の体はたちまち羞恥と罪悪感に襲われた。彼女はいつも僕にライターを手渡すだけだ。僕のくわえた煙草に火をつけたのはこれが初めてだった。でもどこか懐かしかった。彼女から、僕がまだ小さい頃に母がつけていた香水の匂いがするからだろうか。(もっとも今の母がつけている香水がなにか僕には知るよしもないのだが)
母が父ではない男の煙草に火をつけている絵が頭の中にうっすらと浮かんだ。想像ではなく、実際に見たことがあるような気がした。


「灰が落ちるよ」
彼女の声にハッとして眉が上がる。うつらうつらした頭のまま、彼女に言った。

「減るよ」

なるべく温かい声で僕は続ける

「こういうことは減るから辞めた方が良い」

僕の言葉を咀嚼している間
彼女の顔はピクリとも動かず、不気味なほどに
美しさが際立っていた。
瞳の奥も波一つなく静まっていた。

彼女の瞳の奥が揺れるのを待ちきれず
スゥーと僕が煙を吐くと
やっと彼女の唇がなにか言いたげに少し開いたけれど、結局つぐんでしまった。 
彼女は戸惑っているよりかは、悲しそうだった。

僕たちはそのあと何事もなかったかのようにビデオを見終えた。
その夜、僕は言葉を尽くす代わりに彼女の冷えた足を温め、翌朝には彼女の伸び切った足の爪を切った。

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