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ブレーキランプより赤いもの_女の住む家

うちへ帰ると、昼休憩中の母が居間で祖母と話していた。祖父はいつも蚊帳の外で、一人テレビを観ている。昼間のワイドショー。若手演技派俳優の不倫ネタ。祖父は、横顔でも分かるほどに「くだらない」という表情をしているが、チャンネルを変えることはない。きっと祖母が観ていたのだろう。祖母の関心は完全にワイドショーではなく母との会話に向いているが、祖父がチャンネルを変えればすぐに気づき、小言を言うに違いない。うちの男は女に振り回される人生を送るようだ。祖父はこのうちで唯一の僕の理解者であるが、最近は、祖父を見ていると自分の晩年の姿を見せられているようで胸のあたりがざわつく。祖父のようにはなりたくない。と思ったそばから祖父に対しての罪悪感がふつふつと沸き上がり、いたたまれなくなる。
目を逸らし足音を立てないように歩き、居間を通りすぎて自分の部屋へ入った。履かずに手に持っていた部屋履きを床に落とすと片方ひっくり返った。ミカミの匂いが染み込んだパーカーを脱いで顔を押し付け、腹を限界まで膨らませて息を吸う。僕の部屋の畳の匂いよりもミカミの匂いが強く僕の中に入り込むと、僕は僕がこのうちで暮らしているということを忘れられるのだ。部屋着が見当たらない。祖母が洗濯したのだろう。もう一度パーカーを被って、靴下を脱いで布団にうつぶせになり、枕元のスケッチブックと鉛筆を手にして、今朝のミカミの輪郭を描いていく。一番描きたいところに差し掛かったところで、足音が耳に入り手を止めた。祖母の足音だ。祖母の足音は足音と言えないくらい小さい。厳密には足音ではなく、部屋履きの音だ。布がかすかに擦れるような音。母と違って、祖母が僕の部屋をいきなり開けることはないが、スケッチブックを閉じた。祖母は勘が鋭い女なので、僕が女のところに通っていると既に気づいているだろう。まだ暑い頃、網戸の張替えでミカミに呼び出された日に、ミカミの部屋に泊まり、そのままダラダラと過ごして、昼下がりにようやくうちへ帰った僕と廊下ですれ違った祖母は「最近甘い匂いがするわね。甘いものばかり手に取るのは体に良くないわよ。」と僕の背中に向かって言った。

今でもそのときの祖母の表情を想像して怖くなる。いっそのこと振り返って顔を見てやれば良かった。

父がまだ父として僕の中に存在していた頃に、両親が僕を近所の遊園地へ連れて行った。父が休日にも関わらず仕事の電話を取っている間、退屈した僕は、母の手を引いて威勢良くお化け屋敷に入った。父の代わりに母を守ってみせるんだ。そう思っていたのに、足を踏み入れてすぐに、暗がりと、気味の悪い音に恐怖を感じ、母の服の袖を掴んで、目をぎゅっと閉じた。そんな僕に、まだ若くて可憐だった母は、「怖くても目を瞑ったらだめ。目を瞑ればもっと怖いことが起きるよ。」と柔らかい声で諭した。その記憶は21になっても覚えているというのに、いまだに一度もその教えを守ることが出来ない。

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